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11. 路地裏の影

 小鳥のさえずりが、ところどころから聞こえてくるようなさわやかな早朝。

 東から登る太陽が本日の始まりを運んできて人々にゆったりとした時間と瞬間の眠気を伴った目覚めを呼び起こす。

 そんな理想的な起き方ができるまさに絶好の寝起き日和。

 だがこの男にそんな平和が訪れる訳もなく。


「うわあああぁぁぁああああ!」


 自宅だろうと、ナノの家だろうと、他の客がいるはずの宿屋でもこの男の朝はだいたいの割合で発狂から始まる。

 今日はこの世界では魔法を扱うにあたって必須級の魔法免許、マジックライセンスのEランクを取得しに行く日である。

 原付の免許のように一日で取れてしまう程簡単で必要最低限の魔法知識と技量だけですむ試験らしい。

 魔法が使えないと判明した修也には必要ないものだが、この世界では無いと笑いものになるくらい取れて当たり前のものなので、親友の知樹と共に取りに行くという話になったわけである。

 昨日の事をある程度振り返ったところで修也の身の回りに一つ昨日と違うところがあることに気が付いた。


「ん? ……知樹が居ない?」


 昨日の朝でと同じであれば、知樹は今頃修也の隣でぐっすりと眠っているはずである。

 こう振り返ってみるとやはり気持ち悪さはぬぐえないが、問題の着眼点はそこではない。


「おかしいな、先に外に出てるのか? とりあえず隣のナノの部屋に行くか」


 ベットから起き上がりそそくさと着替え、この部屋の右隣にあるナノが宿泊している部屋に向かった。


「ナノ、いるか? いるんだったら早く幻覚魔法をかけてくれないか」


 部屋の前につきノックを二回。

 だが返答が向こうから帰ってくることは無く、静寂だけがこの部屋の客はここに居ないことを物語ってくれた。


「……いないのか? だとすると困ったな。あれをかけてもらわないとどこで発狂して気絶するか分からないぞ……」


 もしこの状態でほかのだれかに出会うものなら、修也はその瞬間に気絶しぶっ倒れるだろう。

そんな遠くない未来を想像するだけで、思わず体が身震いしてしまう。


「……とにかく部屋に戻るか」


 廊下にいても誰かに出くわしてしまうかもしれないため、いったん自室に戻る。

 部屋に入ると、起きた時には気づかなかったが、机の上に一枚の紙が置いてあった。


「これ、この町の地図か?」


 見てみると、この町のことが事細かに書かれた地図だった。

 プールや図書館などの公共施設。普段使わないような人通りの少ない裏路地。

 一般人が知らないような隠れた名店に、二人の思い出に残るデートスポットまで書いてあった。

 ただ一つおかしいのが。


「これ、明らかに手書きだ……しかも筆跡からして知樹の字だろ」


 手描き感が満載だった。

 かなりわかりやすく書かれているとはいえ、必要のない情報が多すぎる。

 デートスポットなんかは確実に必要ないだろう。

 相当親切な知樹お手製の地図に若干顔を引きつらせながら、この手紙が置かれてあった意味を脳内で模索する。


「こんなところにあからさまに置いてあって、尚且つあいつらはいない。これ遠回しに直接図書館に来いって言ってるようなもんじゃねえか」


 ここから図書館までの道筋はこの地図を使わなくてもわかっている。

 だが、大きな問題が一つ修也の前にあった。


「都市……とまではいかないがそれでも人通りは結構あったはずだ。昨日は魔法で何とかなったが、さすがに今日は……」


 この町『ミカウル』は町のシンボルでもあるイオナが管理人の図書館を中心に、ある程度の広さを誇っている。

 国のトップレベルの魔導士である十連門が管轄の図書館があるならそれ相応に町が発展するのもうなずけるものだ。

 人通りの少ない裏路地を使おうにも、あくまでも少ないというだけでばったり人と会ってしまえばそれまで。

 修也の場合、視野に入れただけで気絶というどうしようもないハンデがあるため、いちいち確認することもできない。


「完全に詰んでるな。どうしたものか……」


 ここにいてもどうしようもないと判断し、ドアに耳を当て足音などがないことを確認しゆっくりと部屋から出る。

 再度地図を出して方角と建物の立地を見る。


「なるほど、廊下の突き当りにある窓から出れば路地裏に行けるのか」


 そのことを確認すると、廊下を猛ダッシュで駆け抜ける。窓が都合よく開いていたころを視認すると、そのままの勢いで二階から飛び降りた。

 その姿はまるで世紀の大泥棒のような身のこなしだったそうな。

 無事に着地をすると改めて地図を確認。


「このまま路地裏を順当に進めば、図書館の裏口につくのか」


 迷わないように地図を逐一確認しながら進む。最初のほうこそ誰とも出会わず順当に進んでいたが、そんなに都合よく図書館にたどり着けるわけもなく。


「まずい……話し声が聞こえるぞ……」


 曲道の壁に背を任せて、相手から見えないように少しづつ近づく。

 目で見ると即アウトなので、全神経を耳に集中させて様子を見ることにした。


「はい。わかってますよ……反応が……ここ……捕らえ……」


 所々しか聞こえず、何を話しているのかも全く分からなかった。

 図書館に行くのとは関係ないが、一度聞いてしまうとはっきりと聞きたくなってしまうのが人間の性というもの。

 ギリギリまで体を近づけようとすると。


 カラン


「ッ!! 誰ですか?!」

「やっべ!」


 特に何もやばくはないはずだが、条件反射で反対側の道へと一目散に走り抜ける。

 後ろから走る音が聞こえてくる。

 つまり、向こうがこちらを追いかけているということ。それだけ第三者に聞かれたくない話だったのだろうか。


「ひいいぃぃいいい!振り返るな!前だけ見ろ!後ろを見たら即気絶だ!」


 振り返ればその場で気絶のゲームオーバー。

 相手につかまってきついお仕置きや拷問が待っているかもしれない。

 最悪の場合、目が覚めた時には天国という可能もあり得る。

 まだこんなところで死にたくないと心が張り裂けるくらいの悲鳴を上げているため、おのずと走る速度も上がった。

 暗い路地裏から目の前に光が差し込む。

 修也はあまりのパニックにそれが希望の光のように思えてしまった。


「よし、人ごみに紛れて逃げれば!」


 そう思う頃には時すでに遅し。

 焦りとパニックで、ここが異世界だということが完全に頭から外れていたのか、修也は光明の差し込む地獄に勢いよくつっこんだ。


「あれ? 修也、なんでこんなところに」

「へ? と、知樹?」


 目の前にいたのはこの世界のたった一人の親友である白沼知樹の姿だった。

 下を見ると、ナノの姿もある。

 ナノの姿を視認してしまったのである。

 後は簡単で、旅行先のベットに飛び込むくらいの勢いで地面にダイビングして気絶するだけだった。


「修也ぁぁあああ!!!」


 ―――


「はい、ようやく適合者を見つけました。彼に連絡してそちらに戻ります」


 二人は修也に気をとられて見ていなかったのか。

 先ほど修也が飛び出してきた路地裏。そこから彼らを見つめる小さな人影があり、水晶のようなものをもって誰かと連絡を取っていた。

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