10. 静かな星空
琴葉が去った後もしばらく頭を悩ませたが、あの意味不明な言葉の真意はその発言者である琴葉本人にしか知る由はない。
このまま脳みそを回転させていてもわかるはずもなく、ただ自分がのぼせてしまう速度を速めるだけの無駄な作業にしか思えなかったため修也は考えるのをやめた。
その後、体の芯まで温まった修也は、脱衣所に誰もいないことを確認しそそくさと服を着て、その場から逃げるように小走りで自室へと向かった。
「帰ったぞー、って知樹のやつどこ行った?」
部屋に入ると知樹の姿はなく、静けさだけが整った部屋だけが修也を迎えてくれた。
知樹は自分とは違って子供も平気だし、それにどこか見て回ってみたいところでもあったのだろうと思い、ベットに座った。
ふと右の壁を見てみると、そこには今まで一度たりとも使ってこなかった知樹からの誕生日プレゼントの剣が立てかけてある。
「……そうだよな、ここは魔法以外にも剣とかの武器もあるんだ。今までの世界みたく、のうのうと生きてはいけないんだよな」
以前自分が気絶して気づいたときにはこの街にいたときも、知樹の話によれば魔物も普通に出るという。
町中には早々出ないらしいが、一歩街から出ればそこはいつ襲われてもおかしくはない無法地帯なのだ。
それに。
「それに、一番怖いのは人を切らなくちゃいけない時だよな……」
漫画の主人公たちは人を殺めるのは、さも当然かのごとく殺しているが、修也にそんな度胸は一切ない。
もしどうしても人を殺さなくてはいけなくなったとき、自分は正しい判断ができるだろうか。
「こいつが人の血に染まらないことを願うしかないか」
そう思いながら立てかけてあった剣を手に取り、改めて鞘から抜いてみる。
銀色に輝くその刀身は、まるで穢れを微塵も知らないかのように部屋の明かりを強く反射していた。
そして剣をすこし傾けると、そこに修也の目が映った。
「いざとなったらこいつだけが頼りだ。魔法が使えないとわかった以上、これに頼るしか道はねえ」
一通り剣を眺めた後、それを鞘に納めた。
「まあそんな事態、そうやすやすと起こるわけじゃないし。とりあえず今日ならった魔法の基礎を念のためもう一度復習しておくか」
ベットから降りた修也は部屋にあった椅子に腰を掛け、もともと机に置いてあった紙とペンを自分の目の前に置いた。
椅子と机の大きさに何の違和感も感じないと思うと、風呂場で文文琴葉から聞いた言葉が嘘偽りのない真実だと確信付けさせられる。
「図書館内で気づいたが、本棚にあった本もイオナが魔法で持ってきた本も、どれも背表紙が日本語だった。幸い、言語の壁はないらしいから筆記も日本語で問題ないはずだ」
修也はペンを持つと目の前の紙に今日ならった知識を一通り紙に書き写した。
「魔法が使えない俺は恐らく実技では0点必須だろう。なら、取るべき行動は一つしかないな」
文系科目を得意とする修也。勉強するにあたってやることは、どうやらむこうでもこっちでも同じらしい。
「ただひたすらに記憶する。いくら俺の力があっても、一ヶ所でも穴が在ったらその時点で合格範囲の五十点はとれなくなるからな」
試験は筆記50点、実技50点の合計百点満点。
合格範囲が50点のテストであれば筆記で満点を取るしか道はない。
修也は魔法の知識を一点の曇りなく頭に詰め込むために書いては復唱を繰り返し行い、明日の試験に響かない程度の時間に就寝についた。
―――
深夜、図書館の奥にある一室にて机に向かって何かしらの書類をまとめるイオナ、そしてそのそばにはイオナが一番信頼を置いている老人の側近の司書が控えていた。
「イオナ様、今日の作業はここまでにして御就寝なさった方がよろしいのではないでしょうか?」
「それもそうね、それに明日はあいつらの魔法試験の監督もしなきゃいけないんだし、監督者に問題があってはいけないものね」
「それでしたら、私が代わりに」
「だめよ」
司書が出した提案を聞き終える前に、一蹴した。
ただ素っ気なく、だが意思のこもった声で確かにそういった。
「……何故でしょうか?」
「さあね。理由なんてないわ。しいて言うなら私のただの気まぐれよ」
「でしたら」
「ここ最近、あらゆる組織の動きが活発化しているわ」
話の続きをあからさまに遮るように言葉を被せるイオナ。
それを察した司書も話題の方向性をイオナに合わせるように話す。
「存じております。異世界人が率いていると言われている国際指名手配のテロ組織『ディスコード』や聖教国アライブの軍備強化の噂。これまで不干渉を貫いてきたメカニクトにも目を光らせておく必要があります」
「それだけじゃないわ。十二天武の所在も今のところ二つしかわかってない。せめてあれだけは後もう二つ見つけないといけないわね。この町の近くにいる山賊の動きも気になるし……やることは多いわね」
椅子から降り、ふと窓の外を見てみる。
空には幾分か星が見えており、向こうの世界よりも少し大きい月が出ていた。
明日は晴れることを予想できるほどに雲は無く、
星空がいつもよりもロマンチックに見えた。
「これが、嵐の前の静けさと言うものなのかしら」




