9. 風呂での邂逅
「ふぅ、これでようやく一息つける」
「おい知樹、つかれてベットダイブしたくなる気持ちもわかるが、晩飯もあるんだ。そのまま寝るなよ?」
「もう寝ちゃってもいい気がする。晩御飯になったら起こして」
宿に戻るなり、知樹はふっかふかのベットにダイビングし夢の中を泳ごうとしていた。
対して修也は、ハルバードリッチ家。通称ナノの家から旅用に貰ってきたお風呂セットをバックの中から取り出していた。
「悪いが俺は風呂に入ってくる。もし帰ってきてお前が寝てたら、そこの剣でお前を三枚におろしてやるから安心しろ」
修也が指さす先には昨日知樹からもらった剣が立てかけてあった。
鞘に納まっている姿は、普通の剣のはずなのに少しだけ圧巻とさせるものがあり、そこにあるだけでもそこそこの威圧感を放っている。
「すいません魔法の復習でもして大人しく待ってます」
「わかればよろしい。っという訳で、行ってくる」
「結構早めに入るんだな。まだ四時だぞ?」
「だからだ。今俺は幻覚魔法にかかってないんだぞ? そんな状態でいつもの時間に風呂に入ったら脱衣所の時点で発狂するぞ」
脱衣所に入ろうとしたとたんにショタの裸体が視界に入るわけだ。
そんな見た目子供だらけの状態で、この男が発狂し、気絶しないわけがない。
「たしかナノちゃんが『今日は疲れたから一旦魔法を解かせてもらいますね?』って言ってたな」
「気分的にも早めに入りたいしな。んじゃあ行ってくる」
一通りの準備を終え、部屋を出ようとする。
扉を閉める直前、なにやら鋭い視線を感じ振り返ると、そこにはもちろん眉をひそめ細い目つきで修也を睨み付ける知樹がいる訳で。
「……なんだ、どうかしたのか」
あやしさまんまんの知樹の雰囲気に、恐る恐るかつ嫌々ながらも無言の圧力に知樹とは別の感情で同じ顔をし、言葉で聞き返す。
「……覗くなよ? いいか? 絶対に覗くなよ?」
「覗くか!」
超がつくほどどうでもいい忠告にイラっとし、思いっきりドアを閉める。
風呂と言えば覗きという変な固定概念が知樹の中にあるらしく、押すな押すなは押せの理論で、むしろ覗けと言わんばかりの圧力が扉を閉めた今でも中からひしひしと伝わってくる。
溜息をつきながらも、汗と疲れを洗い流すべく風呂への道を歩き出すと。後ろから扉の開く音が一つ。
嫌々振り返るとゆっくりと扉から半分だけ顔を覗かせさっきと同じ顔で、だがなぜだろうか。ほんのりと期待に満ちた顔で。
「……覗くなよ?」
「覗かねえっつってんだろ!」
――――――
『かぽ~ん』という音が似合う、富士山とは別の山の絵が描かれているジャパニーズ銭湯とよく似た大浴場が広がっている。
かなり早めに入ったおかげで、風呂は貸し切り状態だった。
「ふぅ、ようやく一息つけるな……」
体の隅から隅まで洗い流し、風呂に入る。
風呂には人っ子一人といないため、ど真ん中の壁にもたれかかって溜息を一つこぼした。
「……思い返してみれば、良くも悪くも濃い一日だったな。異世界のコスプレみたいな衣装を着て、それで街を歩いて、図書館で魔法を習って。こんなこと一生のうちにあるかないか……いや、前世でもあったかどうか怪しいな」
異世界にきてめくるめく変わりきった日常。青春という名の一生に一度しかない淡くも儚いひと時を犠牲にしてでも来てよかったと思える。
本や画面の中にあり、想像でしか満たすことのできなかった思いがいま自分の眼下に広がっている。
「たった一回こけただけ、これだけで人生ががらりと変わるなんてな。人生わかんねえもんだな~」
「そうだね~、たった一回って実際重いもんだよね~」
「確かに、一回の失敗だけで人生が終わるなんてことも元の世界じゃ普通にあったもんな」
「でもこっちの世界もそんなに変わんないよ~? 法律も向こうの世界とそんなに変わらないし~」
「へーそうなのかー。ところでさ」
天井を見つめながら湯船につかり、会話を繰り広げる。
ふと視線を落とし、自分の右隣にあった青年の顔を見やる。
白い雪のような髪で、それに比例するかのように肌も色白い。
鼠色の細く、だが怒りを知らないような優しい目つきで笑みを浮かべた顔は、湯気という接触不可の白いカーテン越しにこちらを見つめている。
「……あんた誰だ? 少なくともこの世界の人間じゃないよな?」
幻覚魔法にかかっていない今だからこそ、目の前の青年はこの世界の人間じゃないと確信を得られたのだ。
不規則に揺れる湯を通しても、青年の体は異世界人のそれとは似ても似つかない。がっしりした体ではないが、運動不足みたいな感じでもなかった。
ただ透き通るような、真っ白できれいな肌だった。
「あはは、ごめんね? 前の世界の人なんてこっちに来てからそうそう見ないからさ、物珍しさで声かけちゃった」
「別に謝る必要はないさ。俺だってあんたを見つけたら声かけちまうかもしれなかったしな」
「ありがとう。ところで、君はこっちにきてどれくらい経つんだい?」
「四日くらいだな。とはいっても、ほとんど意識を失いっぱなしだったけど」
「四日……か、その四日間で一つ疑問に思ったことはないかい?」
「疑問に思ったこと?」
この四日間で幾度となく気絶した修也にとってまともに行動できたのは今日が初めて。
しかも子供嫌いのおかげて幻覚魔法越しでしかこの世界を堪能できなかった。
それを考慮すると、修也が気づけることはほとんどなかった。
「……わからないな、今日一日中幻覚魔法にかかってたせいもあるけど、それを考慮しても特に違和感はなかったぞ」
「幻覚魔法? なんでそんなものを」
「俺は根っからの子供嫌いでな、旅に同伴してるやつにかけてもらってたんだ」
「ふーん。それじゃあ気づかないよね~」
何か含みのある言い方に若干ではあるが苛立ってしまう。
修也としては早々にここを出てしまわないと、幅広い年齢層のショタと鉢合わせてしまうリスクがあり、刻一刻とその期限が迫ってきている。
(早く出ないと、人が来ちまうんだがな)
この青年は一つとして表情を崩さないため、なにを考えているのかわからず、それがより一層修也のイライラを増幅させた。
「君がもし、今日幻覚魔法にかかっていなかったら、気づけたかもね」
「それだと俺の身が持たないんだが」
「……あらゆる構造だよ」
「構造?」
「そう、建物やドアの高さ、本棚の大きさに椅子や机の高さ。あらゆる場所の構造が、この世界の人々にとって不便な作りになっているんだよ」
「確かに、言われてみれば」
修也は幻覚魔法にかかっていたせいでわかりにくかったが、本来、この世界の人間は元の世界の子供の身長と大差ない。なのに、部屋のドアノブは不便な位置にあり、椅子の高さもこの世界の人間の身長の半分もある。
修也と知樹は違和感なく使っていたが、この世界においての異世界人の割合が一割なのに対して、この現状は明らかに異常である。
「これには太古の歴史が深くかかわっててるんだ」
頼んでもいないのに勝手に説明を始める青年。
たが、少なくともこの世界において青年は修也よりも先輩だ。
いろいろとタメになる話が聞けるかもしれない。
修也は何かこの世界で生き抜くためのヒントがあるのかもしれないと思い、断りたい気持ちを抑え、大人しく話を聞くことにした。
「まず初めに、この世界の人々は元々僕たちと同じくらいの身長だったんだ」
「え? そうなの」
思わず素で聞き返してしまう。
自分が幻覚魔法で見ていた景色が、昔はデフォルトで存在していたというのだ。
「今ある建物も、その時に作られたものなんだよ」
「じゃあなんで、今は背が低いんだ?」
先ほどのイライラはどこへやら。
純粋な疑問を目の前にいる異世界の先輩へぶつける。
「それは体内の魔力が関係しているんだ。体の体積を減らすことで、物理的に魔力の密度を上げる」
「密度を上げる?」
「魔力っていうのは空気中から体内へ取り込むもので、酸素と同じように体全体へと運ばれていくんだ。魔法のときに詠唱するのは、体の中にある魔力をその属性の魔法へと変換するのに必要なもので、人によって詠唱する時間が違ってくる」
自分の知識を得意げに話す青年は、なぜかどこか誇らしげな表情を浮かべていた。
よっぽど自分の知識を話すのが好きの様だ。
頭の中で話すことを考えながら喋っているのか、目をつむりながら右手の人差し指をゆらゆらと揺らしている。
しかし喋るスピードは落とさず饒舌に語っていた。
「詠唱時間は短いほど早く魔法が使えるけど、その分魔法に使う魔力をその属性に変換する時間も限られてくる。属性の変換ってのはお菓子のつかみ取りと一緒で、密度の高い場所から魔力をもってきてその属性に変換するとより効果の高い魔法が使えるってわけさ。まあ十連門レベルにもなると簡単な魔法なら無詠唱で使えるんだけどね」
「なるほどな、だから体を小さくすることで、一回にとれる魔力の密度を増やし、詠唱時間を短くするっていう魔法の世界独特の進化を遂げたのか」
「ちなみに、体が小さくなれば必然的に取り入れる魔力の量も減るんじゃないかって言われてるけど、そこはあまり関係ないんだ。これは魔力を体に取り入れる際の吸収率が違っていて」
「ストップストップ! だんだん本題からずれてるぞ。それに時間もあまりないからこの話はここで終わりだ」
だんだんと道筋がずれていっており、自分の趣味の領域まで足を突っ込もうとしている青年。
最初はこの話に興味を示した修也も、饒舌に喋る青年を見て終わりが見えないと悟ったのか、時間を気にしだしたようだ。
このままノンストップで走らせるといつか人が来てしまうので、話を本題へと戻す。
「あはは、ごめんごめん。えっと、建物の話だっけ?」
「ああ、体が小さくなったのなら作り直したりはしないのか?」
修也が抱いたのは当然の疑問である。
身長が伸びたら服を新しく買うのと同じように、そのような進化をしてしまったのなら、身の丈に合ったものを一式取りそろえるのが普通だ。
だがその返しをちゃんと予想していたのか、考えるそぶりすらなく、すぐに青年は答えた。
「必要ないよ。ある程度魔法を覚えれば生活に不自由はないって僕の友達も言ってたし。それに便利なものを作れば人はそのカテゴリーについての努力を怠る。みんなそれがわかってるからあえてそうゆうのを作らないってのもあるかな」
確かに便利なものを作れば、その分苦労をすることはなくなる。
昼にイオナが、魔法で本棚から本を取り出したのをふと思い出したが、確かに魔法さえ身に着けていればこの世界の人にとってはあまり不便はないのだろう。
むしろ、魔法の使用率が減る方が何かと不都合がおこる場合もあるのかもしれない。
「そーゆうもんなのか?」
「そうゆうものなんだよ。さて、これ以上入ってるとのぼせそうだし、僕はもうそろそろあがるよ」
青年は一通り語り終えると、満足そうにゆっくりと立ち上がり正面の奥にある扉の方へと歩き出した。
この世界の事に来て間もない修也にとって、彼の話はいろいろと新鮮味があり、昼の授業では聞けなかったことも聞けた。
きっとこの世界の人々にとっては言う必要もない当たり前の歴史なのだろうか。
「ちょっとまってくれ」
ただ、最後に青年に聞き忘れたことが一つ。扉の前まで来て青年は進める足を止めた。だが振り返らない。
「こんだけ話して、自己紹介すらしてなかったな。俺は水無月修也だ。こっちに来て間もないが、よろしくな」
修也の自己紹介のあと、青年は右足を一歩引き、振り返った。
こちらを見つめてきた青年の目は、先ほどと同じで細く、だがその鼠色の目には今までになかった感情。クリスマス前にサンタが来るのを楽しみにしている子供のような感情が、誰もいない風呂場の中、一瞬だけ、だが確かにそう思わせるような無邪気な目をした。言うなれば童心の感情だ。
「僕は文文琴葉。募る話は、しかるべき時が来たらそのときに」
意味の分からない一文を伝えると青年は、琴葉は目の前の扉を開け風呂場から足を上げた。
「おい、それってどうゆう」
修也の言葉が言い切られる前に、外に出ようとしていた湯気と共にすりガラスの付いた木製の扉で遮られてしまった。
「……なんだったんだ?」
琴葉の残した意味不明な言葉は、もやもやとした感情と共に修也の心に釣り針のように引っかかり、頭を悩ませた。




