幕間 動じないファン
ひよりがファンクラブの集まりへ私を案内したのは、特別監視役になって一週間ほど経ったころだった。
場所は図書室脇の小会議室。正式な部室ではないため、空いている場所をその都度借りているらしい。
「今日は何をするの?」
「次回の放送へ送るリクエストをまとめます」
「それだけ?」
「それだけです」
扉を開けると、十二人の生徒が長机を囲んでいた。
お菓子も飾りもない。机の上にあるのは、リクエスト用紙、筆記具、過去に採用された曲の一覧だけだった。
私が想像していた秘密集会とは、ずいぶん違う。
「生徒会の佐久間さんです」
ひよりが紹介すると、十二人が一斉にこちらを見た。
バレンタインの乱闘を止め、莉々香先輩へ注意した一年生。その噂まで広まっていたため、私の顔はすでに知られている。
「監視ですか」
三年生らしい生徒が尋ねた。
「活動の確認です。そんなに身構えなくて大丈夫。問題がなければ、口は挟みませんから」
「リクエストを送るだけですよ」
「それなら問題ありません」
私が笑うと、長机を囲んでいた何人かも、ようやく肩の力を抜いた。
私は部屋の後ろへ座った。
会員たちは、春に聞きたい曲を一人一曲ずつ挙げる。重複を除き、放送部へ迷惑にならない数へ絞る。莉々香先輩へ読んでほしい個人的な文章は送らない。差出人名も、希望者以外は匿名にする。
意外なほど節度があった。
「ファンクラブって、いつもこんな感じなの?」
小声でひよりへ尋ねる。
「大半はそうです。莉々香先輩の放送を聞いて、たまに集まって話すだけ」
「じゃあ、あの本命認定は?」
「一部の人が始めました。面白がって広めた人もいます」
「止める人はいなかったの?」
「大げさになると思わなかったんだと思います」
莉々香先輩と同じだった。
言った側は、軽い気持ち。受け取った側がどこまで膨らませるか、想像していない。
「佐久間さんは、ファンクラブを解散させたいですか」
「私にそんな権限はないよ」
「権限があったら?」
室内を見る。
真剣に曲を選び、以前採用されたものを避け、放送部への負担まで考えている生徒たち。
「問題が起きないなら、解散させる必要はない」
「よかった」
「小田さんは、どうして会員になったの?」
「莉々香先輩に褒められたからです」
「小田さんもなの?」
「入学してすぐ、生徒会室へ書類を運んでいたときです。“一年生なのに、たくさん運んで偉いね。頑張ってる子、好きだよ”って」
「告白だと思った?」
「一瞬は」
ひよりは正直に答えた。
「でも、莉々香先輩が次に会った子の靴下を褒めて、その次の子には声を褒めていたので、そういう人なんだなと思いました」
「傷つかなかったの?」
「少しは残念でした。でも、褒めてもらって嬉しかったことは変わらないので」
それができる人ばかりではない。
ひよりは自分の期待と、莉々香先輩が実際に言ったことを分けて考えられた。園芸委員の生徒には、それができなかった。どちらが正しいという話でもない。
「佐久間さん」
「うん」
「莉々香先輩の言葉を、全部危ないものにしないでくださいね」
「そのつもりはないよ」
「なら、安心です」
会議は三十分ほどで終わった。
決まった曲は五曲。リクエスト用紙を放送室前の箱へ入れるため、全員で移動するのではなく、代表してひよりと私が向かう。
放送室前には、ちょうど莉々香先輩がいた。
「ひよりちゃん、生徒会のお仕事?」
「今日はファンクラブのリクエストです」
「ファンクラブって、ひよりちゃんも入ってるの?」
「はい。莉々香先輩のファンです」
「そうだったんだ」
莉々香先輩は初めて知ったように笑う。
「ひよりちゃん、今日もかわいいね」
「ありがとうございます。莉々香先輩も今日も素敵です」
「ありがとう」
会話はそれで終わった。
ひよりは顔を赤くもしなければ、特別な意味を問いただしもしない。莉々香先輩も、何かを期待していない。
「真白ちゃん、どうしたの」
「勉強になりました」
「何が?」
「宮本先輩に褒められても、全員が勘違いするわけではないんですね」
「真白ちゃんだって、してないでしょう」
「当然です」
「私がかわいいって言っても?」
「言われ慣れました」
「じゃあ、もっと違うところを探さないと」
「探さなくていいです」
「真白ちゃんの、真面目に困ってる顔も好きだよ」
不意打ちだった。
「……小田さん。お手本、もう一回お願い」
「ありがとうございます、と返せばよいと思います」
「真白ちゃん、待ってるよ」
「待たないでください」
「褒めただけなのに」
莉々香先輩は楽しそうに放送室へ戻った。
隣でひよりが、少しだけ笑っている。
「小田さん」
「何でしょう」
「私で楽しんでない?」
「少しだけ」
「本当に正直だね」
「健全なファンですから」
それと正直さに、どんな関係があるのだろう。
ただ、ファンクラブにもいろいろな人がいることは分かった。
莉々香先輩の褒め言葉も、受け取る人によって違う形になる。
監視するべきなのは言葉そのものではなく、そのあとに起きることなのかもしれない




