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第三巻 第二十章 空席

 翌日も、西村さんは学校へ来なかった。昼休みになっても、その姿はない。

 梓は二人分の弁当を作った。

 唐揚げは、昨日より少しだけ綺麗な色だった。

「放課後までに来なかったら、どうするの」

「私が食べます」

「二人分?」

「真白も手伝って」

「分かりました」

「ひよりちゃんも」

「はい」

「莉々香様にも」

「先輩は受験生です」

「唐揚げくらい食べるよ」

 宮本先輩が教室の扉から顔を出した。

「なぜいるんですか」

「真白ちゃん会長を迎えに」

「会長ちゃんはやめてください」

「千尋ちゃんは?」

「まだです」

「そっか」

 先輩は、梓が弁当を置いて空けてある席を見る。

「放送、今日は私が読むね」

「一人で?」

「部長と。千尋ちゃんの担当表は、そのままにしておく」

「戻ると決まっていません」

「うん。戻らなくても、今日消さなくていいでしょう」

「はい」


 生徒会室には、副会長の席が空いていた。

 ひよりが置いた名札立てには、白い紙が差し込まれている。

 名前はない。

「会長。今日の予定です」

 ひよりが書類を差し出す。

「午前中の先生との引き継ぎ確認は終わりました。残りは昼休みの相談箱の設置場所確認と、放課後の文化祭実行委員会です」

「分かりました」

「副会長代行として、私も同席します」

「お願いします」

「お菓子は、どこへ置きますか」

「会議が終わってから」

「はい」

 ひよりは笑顔で頷いた。

 文香先輩は元会長として、窓際の臨時席へ座っている。

「なぜ今日もいるんですか」

「引き継ぎ補助です」

「机の上の写真は」

「資料です」

「昨日、宮本先輩が秋桜を渡した場面ですね」

「江口さんから提供を」

「梓!」

「私は千尋の弁当を届ける準備で忙しいから」

 廊下から声だけ返ってくる。

「忙しい人が、なぜ写真を渡すんですか」

「昨日のうちに」

「回収します」

「一枚だけ」

「元会長でも駄目です」

「役職と関係ありません」

「では、もっと駄目です」

 写真を取り上げる。

 私が秋桜を持ち、宮本先輩が隣で笑っている。

 悪くない写真だった。

「捨てるの?」

 宮本先輩が後ろから覗く。

「まだいたんですか」

「うん。捨てないで」

「捨てません」

「じゃあ、真白ちゃんが持つ?」

「記録として」

「便利だね、記録」

「先輩は昼の放送へ」

「まだ十分ある」

「受験勉強は」

「昨日やった」

「今日もしてください」

「会長、厳しい」

「前からです」

 文香先輩が小さく呟く。

「変わらない二人も、尊い……」

「元会長」

「感想です」

「声に出さないでください」

「努力します」

「約束では?」

「努力です」

 自分の言葉を返された。

 宮本先輩が笑い、ひよりも笑う。

 空席のある生徒会室に、明るい声が広がった。


 昼の放送が始まる。

『皆さん、こんにちは』

 宮本先輩の声。

 いつも隣にある西村さんの声は、今日はない。

 その不在を、なかったことにはできない。

 私は副会長席を見る。

 名前のない紙。

 戻ってきてほしい。

 隣にいてほしい。

 でも、それを命令にはしない。

 席は、今すぐ誰かを閉じ込めるためではなく、選べる時に選ぶために空けておく。

「真白ちゃん」

 放送の中で、先輩の声がした気がした。

 もちろん、個人の名前は呼ばれていない。

 それでも、この人の声は私を見つける。

 私は机の上の鍵へ触れた。

 会長として最初の通常業務が始まっている。

 何も解決していない。

 だから、ここから始める。













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