↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
59/67

第三巻 第十八章 引き継ぐ席

 十月一日。九月いっぱいで任期を終えた長谷川文香先輩から、会長の仕事を引き継ぐ日が来た。

 生徒会室で、小さな引き継ぎ式が行われる。

 先生と現役員、次期役員候補が集まり、会長印と鍵、未処理案件の一覧が私へ渡された。

「これで、佐久間さんが正式な生徒会長です」

 会長――今日からは元会長になる文香先輩が、鍵を差し出す。

 受け取る手が少し震えた。

「重いですね」

「鍵は軽いですよ」

「そういう意味ではありません」

「分かっています」

 文香先輩は微笑んだ。

「一人で持たないでください」

「はい」

「困った時は、役員へ。先生方へ。必要なら私へ」

「卒業準備があるでしょう」

「元会長として、助言はできます」

「古参会員としてではなく?」

「それは別の窓口です」

「窓口を作らないでください」

 周囲が笑う。

 宮本先輩は、なぜか細い包みを持っていた。

「その花は」

「会長就任のお祝い」

「選挙期間は終わりましたが、先輩個人から高価なものは」

「中庭の花壇から、先生に許可をもらって一本だけ」

 小さな秋桜だった。

「それなら」

「おめでとう、真白ちゃん」

「ありがとうございます」

「似合う」

「花が?」

「花を持ってる真白ちゃんが」

「式の最中です」

「今ならいいかと思って」

「よくありません」

 文香先輩が目元を押さえている。

「元会長。感情を漏らさないでください」

「もう会長ではありませんから」

「開き直らないで」

「立場の制約が一つ減りました」

「増えたように見えます」

 ひよりが新しい役員名簿を持ってきた。

「真白会長、こちらへ署名をお願いします」

「真白会長」

 呼ばれて、背筋が伸びる。

「慣れません」

「私もです」

「では、佐久間会長で」

「それも」

「会長ちゃん」

 宮本先輩が言う。

「先輩は黙ってください」

「怒られた」

「嬉しそうですね」

「会長になっても同じだから」

「変わりません」

 署名する。

 佐久間真白。

 その横に、生徒会長と印刷されている。

 選挙に勝った実感が、ようやく少しだけ湧いた。


 次期役員は、まだ全員決まっていなかった。

 ひよりは庶務を継続。会計と書記には、一年生から希望者がいる。

 副会長だけが空白だった。

「会長選の対立候補を、副会長へ指名する例もあります」

 文香先輩が言う。

「西村さんを?」

「能力だけを見れば、適任でしょう」

「今は、頼めません」

「はい」

 私も、文香先輩も分かっている。

 落選直後の西村さんへ、次は副会長になれと頼めば、また期待を背負わせる。

「席は、いつまで空けられますか」

「代行を置けば、就任から二か月です。十一月末までには、正式な副会長の任命が必要になります」

「二か月」

「西村さんのためだけに空けるのではありません」

「分かっています」

「本当に?」

「……半分は」

「正直ですね」

「会長になりましたから」

「関係がありますか」

「ないかもしれません」

「それでよいと思います」

 文香先輩は空白の名簿を見る。

「誰かにいてほしいと思うことと、その人へ役目を押しつけることは違います。佐久間さんが選び、西村さんが選べる時まで、考えてください」

「はい」

「ただし、生徒会の仕事は待ってくれません」

「分かっています」

「私が臨時で補助を」

「元会長は卒業準備を」

「では、小田さんを副会長代行に」

「私ですか?」

 ひよりが目を丸くする。

「事務処理を最も把握しています」

「お菓子を配る仕事でしたら」

「それ以外もお願いします」

「はい。頑張ります」

 ひよりはすぐに受け入れた。

 思っていたより、ずっと頼もしい。


 西村さんは引き継ぎ式へ来なかった。

 午前中の授業には出ていたが、昼休みから姿が見えない。

 梓の弁当も、今日は机へ置かれたままだった。

「私、もう作らないほうがいいかな」

 放課後、梓が小さく言った。

「梓が食べればいいでしょ」

「二人分作ると、量が分からなくなる」

「お母さんと作ってるんだよね」

「昨日から、一人で」

「そうだったんだ」

「唐揚げ、焦げた」

「それでも持ってきた?」

「一つなら食べられると思って」

 梓の弁当箱には、手をつけられていない唐揚げが四つ残っていた。

「一つ、もらっていい?」

「真白が?」

「うん」

「焦げてるよ」

「知ってる」

 食べる。

 表面は少し苦いが、中は柔らかい。

「おいしい」

「嘘」

「少し苦いけど、おいしい」

「どっち」

「両方」

 梓も一つ食べた。

「苦い」

「うん」

「千尋、こんなのいらないよね」

「それは西村さんが決めること」

「また」

「でも、明日も作っていいと思う」

「食べなかったら?」

「梓が食べれば」

「太る」

「私も手伝う」

「毎日?」

「毎日は無理」

「じゃあ、ひよりちゃんに」

「頼る相手が違う」

 二人で少し笑う。

 笑った後、また静かになった。

「真白」

「何」

「会長、おめでとう」

「今?」

「ちゃんと言ってなかった」

「開票の時に」

「泣いてて、何言ったか覚えてない」

「ありがとう」

「敵陣に行って、ごめん」

「謝らないで」

「うん」

「西村さんを一人にしなくて、ありがとう」

 梓の目に涙が浮かぶ。

「今、一人にしてる」

「一人になりたい時に離れるのも、そばにいることだよ」

「会長みたい」

「会長だから」

「まだ慣れない」

「私も」

 生徒会室の扉が開く。

 宮本先輩が入ってきた。

「真白ちゃん、千尋ちゃん、放送室に来てない」

「約束した一週間は、もう過ぎていますね」

「うん。返事を待ってたんだけど、今日まで何も言われなくて」

 手には、一枚の紙があった。

「それは」

「部長の机に置いてあった」

 退部届。

 西村千尋。

 理由欄には、『一身上の都合』とだけ書かれている。

「本人は」

「帰ったみたい」

「電話は」

「出ない」

 梓が立ち上がった。

「家に行く」

「待って」

「もう待ったよ!」

「私も行く」

 梓が私を見る。

「真白」

「今度は、待つだけじゃ足りない」

「でも、一人にしてって」

「あれから一週間以上たってる。今の様子を確かめたい」

 私は退部届を持つ先輩を見る。

「先輩も?」

「行く」

「三人で行ったら、囲むことになる」

「じゃあ、誰が」

 答えが出ない。

 私。梓。宮本先輩。

 誰も、西村さんへ残ってほしいという感情を隠せない。

「今日は、私が行く」

「会長として?」

 梓が聞く。

「友達として」

「私も友達」

「知ってる」

「じゃあ」

「梓は、明日の弁当作って」

「そんなの」

「明日、学校で渡すために」

 梓が黙る。

「来るか分からない」

「それでも作るんでしょ」

「……うん」

「宮本先輩は、退部届を受理しないよう部長へ頼んでください」

「真白ちゃん」

「明日まで。本人と話すまでです」

「分かった」

「私は、西村さんへ会いに行きます」

 二人が頷く。

 生徒会長になった最初の日。

 私は会長の鍵を鞄へ入れ、友人の家へ向かった。





















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。