第三巻 第十四章 恋の当落
選挙が終わった日の夕方、私は宮本先輩と屋上前の階段にいた。
西村さんと初めて二人で話した場所。
ここで、自分が先輩を好きかと聞かれた。
あの時は、友人として大切だとしか答えられなかった。
「選挙が終わったら、聞くって言ったでしょう」
宮本先輩は窓辺に立ち、落ち着かない様子で髪を耳へかけた。
「はい」
「何を聞くの?」
「先輩の『好き』が、どういう意味かです」
「まだ、分からなかったら?」
「分からない、と答えてください」
「真白ちゃんは?」
「先輩が先です」
「ずるい」
「今日は何度も言われました」
「私も言っていい?」
「どうぞ」
先輩は窓の外を見る。
「千尋ちゃんに好きって言われると、嬉しい。私のことをちゃんと見て、はっきり言ってくれるから。千尋ちゃんが誰かと仲よくしてても、少し寂しい」
「はい」
「でも、真白ちゃんが誰かと仲よくしてる時は、もっと嫌」
「西村さんと?」
「梓ちゃんでも、ひよりちゃんでも。私の知らない話で笑ってると、混ざりたくなる」
「子どもみたいですね」
「自分でも思う」
先輩が苦笑する。
「真白ちゃんに会いたいって思う。卒業しても会いたい。褒めて困った顔を見たいし、本当に嫌な時は止めてほしい。会長になって忙しくなっても、私の時間を作ってほしい」
「わがままです」
「うん」
「でも、嫌ではありません」
「うん」
「それは恋愛ですか」
先輩は黙った。
「分からない?」
「たぶん、そうだと思う」
胸が大きく鳴る。
「でも、まだ自信がない」
「なぜ」
「千尋ちゃんに返せない好きと、真白ちゃんへ言いたい好きが、本当に違うのか。真白ちゃんが私を好きかもしれないって聞いて、嬉しかったからそう思ってるだけじゃないか」
先輩は逃げずに言葉を探している。
「だから、今すぐ恋人になってって言えない」
「そうですか」
「がっかりした?」
「少し」
「ごめん」
「謝らないでください。私も、今すぐ恋人になってくださいとは言えません」
「どうして?」
「先輩の答えが、私の好意に引っ張られたものなら嫌だからです」
「同じこと考えてる?」
「そうですね」
二人で少し笑った。
以前なら、曖昧な答えに腹を立てたかもしれない。
今は、先輩が曖昧さの中身を話してくれたことが嬉しい。
「でも」
私は先輩を見る。
「私は、先輩が好きです」
初めて、言った。
声は驚くほど普通に出た。
「恋愛として、好きです」
先輩が固まる。
今まで何人へ「好き」と言ってきた人なのに、自分へ返されると何も言えなくなる。
「真白ちゃん」
「返事を急がせるためではありません」
「うん」
「先輩が卒業するまでに、決めてください」
「期限、あるんだ」
「ずっと待つとは言いません」
「真白ちゃんらしい」
「先輩は、私のことを何だと思っているんですか」
「好きな人」
今度は私が固まった。
「たぶん、恋愛として」
「たぶんを付けましたね」
「まだ自信ないから」
「そこは正直ですね」
「でも、好き」
「分かりました」
「真白ちゃん」
「何ですか」
「手、繋いでもいい?」
「まだ恋人ではありません」
「好きな人とは、繋いだら駄目?」
「駄目とは言っていません」
「じゃあ」
先輩が手を差し出す。
私は重ねた。
今度は指を絡められても、睨まなかった。
「恋人みたい」
「みたい、だけです」
「まだ?」
「先輩が決めるまで」
「真白ちゃんは決めたのに?」
「決めたから、待てるんです」
階段の下から、小さな物音がした。
誰かいる。
たぶん、一人ではない。
「追いかけますか?」
先輩が繋いだ手を見ながら聞いた。
「今はいいです」
「いいの?」
「今くらい、私たちの話を優先してもいいでしょう」
そう言うと、先輩の指に少し力が入った。
下の階で、押し殺したような声がする。
「……尊い」
「聞こえています、会長」
慌てた足音が遠ざかった。
私はため息をついたが、手は離さなかった。
階段に、私と先輩だけが残る。
「全員に聞かれたね」
「忘れてください」
「無理だよ」
「では、思い出さないで」
「真白ちゃんが好きって言ったところ?」
「言わないでください!」
先輩が笑う。
私は繋いだ手を離そうとしたが、強く握られた。
「怒った?」
「恥ずかしいだけです」
「じゃあ、もう少し」
「何を」
「このまま」
仕方なく、隣へ並ぶ。
窓の外では、夕日が校舎を赤く染めていた。
選挙に勝った日。
先輩へ、好きだと言った日。
全部が同じ日に起きて、まだ実感が追いつかない。
「真白ちゃん」
「何ですか」
「会長、おめでとう」
「ありがとうございます」
「好きって言ってくれて、ありがとう」
「……はい」
指が絡んだまま、夕日が沈むまでそこにいた。
その頃、西村さんも宮本先輩を待っていた。
放送室で、最後の返事を聞くために。




