第三巻 第三章 私のほうが真白を知ってる
第三章 私のほうが真白を知ってる
告示三日前、私の応援演説は会長が担当すると決まった。
「現職会長が後継候補を応援することには、影響が大きすぎるという意見もあります」
私は会長へ言った。
「承知しています。ですから、佐久間さんの実績と人柄だけを話します。次期役員人事や、現生徒会の方針継承を約束させる内容にはしません」
「会長が適任だと思う理由を、正直に話す?」
「はい」
「それなら、お願いします」
私は頭を下げた。
会長なら安心できる。
私が言葉にできない部分まで知っているし、推しが絡まなければ、学校で一番落ち着いた人だ。
「推しが絡んでも、必要な時は落ち着いています」
「心を読まないでください」
「顔に書いてありました」
「最近、皆それを使いますね」
「便利ですから」
会長まで西村さんと同じことを言う。
「演説原稿は、告示日の前日までに一度確認させてください」
「分かりました」
「あと、私と宮本先輩の関係を匂わせる表現は禁止です」
「入れません」
「本当に?」
「私は生徒会長です」
「会員番号三番でもあります」
「それは関係ありません」
「机の引き出しに、私と先輩が一緒に写った写真を」
「なぜ知っているんですか」
「梓が渡したと言っていました」
「江口さんには、守秘義務というものを」
「非公認ファンクラブに守秘義務はありません」
「後で規約を作ります」
「会長の任期中に公認しないでください」
その時、生徒会室の扉が勢いよく開いた。
「文香!」
宮本先輩だった。
手に数枚の紙を持っている。
「ノックをしてください」
「したよ」
「聞こえませんでした」
「真白ちゃんと同じこと言う」
「私の台詞を取らないでください」
先輩は机の前まで来ると、紙を会長へ差し出した。
「真白ちゃんの応援演説、私にやらせて」
室内が静かになった。
「先輩が?」
「うん」
「放送部の仕事があります」
「選挙の日は昼放送、交代してもらえる」
「それ以前に、応援演説は会長が」
「知ってる」
先輩は会長を見た。
「でも、私のほうが真白ちゃんを知ってる」
会長の眉がわずかに動く。
私は頭が痛くなった。
「張り合わないでください」
「張り合ってないよ」
「今、はっきり『私のほうが』と」
「応援するなら、よく知ってる人がいいでしょう」
「会長も、私をよく知っています」
「生徒会の真白ちゃんはね」
「先輩は、どの私を知っているんですか」
「怒ってる真白ちゃん」
「それは会長も知っています」
「困ってるのに放っておけない真白ちゃん」
「会長も知っています」
「かわいいものが好きなのに、隠してる真白ちゃん」
「なぜ知っているんですか」
「本屋で、動物のしおり見てた」
「買っていません」
「次の日、筆箱に入ってた」
「見ないでください」
「あと、甘い卵焼きが好き」
「それは梓の情報では?」
「真白ちゃんのお弁当、いつも甘い匂いがする」
「匂いを嗅がないでください」
会長は、口元を手で覆っていた。
「会長。楽しんでいませんか」
「いません」
「目が笑っています」
「情報を整理しています」
宮本先輩は紙を差し出したままだ。
「私は、真白ちゃんがどうして会長に向いてるか、ちゃんと話せる」
「口説き癖で校内風紀を乱した側として?」
「だから話せることもある」
先輩の声が真剣になる。
「真白ちゃんは、私を悪い人にしなかった」
私は黙った。
「困ったことは困ったって言った。傷ついた子の話も聞いた。でも、私に『何も言わないで』とは言わなかった」
「言葉を選んでくださいとは、何度も言いました」
「うん。選ぶのを、一緒に手伝ってくれた」
「先輩」
「私だけじゃない。ファンクラブの子も、西村さんも、記事を書いた南ちゃんも。真白ちゃんは、怒るけど、いなくなれとは言わない」
先輩は会長へ紙を差し出す。
「そういう人が会長なら、私は安心して卒業できる」
卒業という言葉に、胸が詰まる。
会長は紙を受け取った。
「原稿は預かります」
「文香」
「返事は、少し待ってください」
先輩は食い下がらなかった。
「分かりました」
それだけ言って、私を見る。
「勝手に決めようとして、ごめんね」
「私は」
「文香と話して」
先輩は生徒会室を出ていった。
扉が閉まる。
会長は原稿を見つめた。
「下書きの跡がありませんね」
「ボールペンで直接書いています」
数か所、文字が二重になり、余白には小さな書き足しがある。
迷わなかったのだ。
「どうしますか」
会長はすぐに答えなかった。
「今夜、考えます」
「先輩の評判は、選挙に影響します」
「はい」
「宮本先輩をよく思わない生徒もいます」
「はい」
「会長が話すほうが安全です」
「そうでしょうね」
「なら」
「安全だから私が話す、という判断が、佐久間さんに必要な応援でしょうか」
会長は原稿を閉じた。
「現職会長である私が話せば、実績は伝えられます。失点も少ないでしょう。しかし、無難な演説になります」
「選挙は、無難でよいのでは?」
「佐久間さん自身が、無難な人ではありません」
「どういう意味ですか」
「誰もが避けたがる問題へ首を突っ込み、怒り、悩み、最後まで関わる。あなたは、ずいぶん面倒な人です」
「褒めていますか」
「最大限に」
「会長は、時々言い方が悪いですね」
「宮本さんを見習いました」
「悪い部分を?」
会長は微笑んだ。
「明日、お返事します」
「私には?」
「応援演説者を選ぶのは候補者本人です。最終的には、佐久間さんに決めていただきます」
「会長は、どちらがよいと思うかを」
「それも、明日」
その夜、私はなかなか眠れなかった。
会長が話せば、選挙としては正しい。
宮本先輩が話せば、何を言い出すか分からない。
それなのに心のどこかで、先輩の言葉を聞きたいと思っていた。




