↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
42/66

第三巻 第一章 次期会長を捕まえました

 新学期初日の朝、私は生徒会室へ拉致された。

「人聞きの悪い言い方をしないでください」

 長谷川文香会長は、いつもの席から穏やかに言った。

「では、拘束です」

「もっと悪くなりました」

「扉の前を三人で塞いだのは、どなたですか」

 振り返る。

 副会長、会計、書記の三人が、気まずそうに目を逸らした。

 ひよりだけは、私の隣でお茶を淹れている。

「真白ちゃん、温かいうちにどうぞ」

「ひよりも共犯だよ」

「会長候補のお話を聞いていただきたくて」

「聞きました。お断りします」

「まだ説明していません」

「次期生徒会長へ立候補してください、でしょう」

「察しがよくて助かります」

「お断りします」

 二度目は、はっきり言った。

 会長は動じない。

「理由を伺っても?」

「人前に立つのが得意ではありません。全校生徒の代表になるような性格でもありません。生活指導として現場を回るほうが向いています」

「それだけですか」

「責任が重すぎます」

「はい」

「会長のように、いつでも冷静な判断ができる自信もありません」

「私も、いつでも冷静ではありません」

「宮本先輩が絡む時ですね」

「具体例を挙げなくて結構です」

 会長の机の奥に、非公認ファンクラブ会員番号三番の会員証が眠っている。

 今では本人以外、ほぼ全員が知っている秘密だ。

「では、私が会長になったとして、宮本先輩と少し話すたびに『尊い』と漏らしてもよいのですか」

「それは私の個人的な性質で、会長職とは関係ありません」

「自覚があったんですね」

「佐久間さん。話を逸らさないでください」

 会長は机の上へ一冊のファイルを置いた。

 去年の秋から私が対応した案件がまとめられている。

 バレンタイン前日の喧嘩。入学式の新入生騒動。無許可の誕生祭。公開放送。新聞部の記事。数えたくないほどのファンクラブ関連案件。

「佐久間さんは、誰か一人を悪者にして終わらせませんでした」

「悪いことをした人は注意しました」

「はい。しかし、理由を聞き、次に同じことを起こさない方法を一緒に考えた」

「生活指導の仕事です」

「それができる人を、私は次の会長に推したいのです」

 正面から言われると弱い。

 会長は、私が断りにくい言葉を知っている。

「会長。私を困らせていますか」

「少し」

「認めるんですか」

「困らなければ、考えていただけないでしょう」

「ずるいですね」

「生徒会長ですから」

「職権の使い方を間違えています」

 ひよりが私の前へ湯呑みを置いた。

「真白ちゃんが会長になったら、私もお手伝いします」

「ひよりは来期も生徒会へ?」

「はい。庶務を続けたいです」

「ファンクラブ会員が生徒会に残るんですね」

「会員であることと、お仕事は分けています」

「会長より立派です」

「佐久間さん」

「事実です」

 扉が開いた。

 噂をすれば何とやら、宮本先輩が顔を出した。

「真白ちゃん、捕まってるって聞いたけど」

「誰からですか」

「梓ちゃん」

「伝わるのが早すぎます」

「会長になるの?」

「なりません」

 即答すると、先輩は明らかに残念そうな顔をした。

「どうして」

「向いていないからです」

「向いてると思うけど」

「先輩まで」

「私、真白ちゃんが会長だったら嬉しい」

「もう一度言います。先輩まで」

「だって、真白ちゃん、人の話をちゃんと聞くでしょう」

「先輩の話は聞き流すことがあります」

「聞いた上で流してるから、同じだよ」

「違います」

 先輩は部屋へ入り、私の隣に立った。

「会長って、話すのが上手い人がなるの?」

「それも必要です」

「でも文香、普段は上手いけど、私の話になると変でしょう」

「宮本さん」

 会長が咳払いする。

「三月の誕生祭で、会員証を必死に隠してたし」

「宮本さん」

「公開放送の時は、最前列に自分の席を作って」

「宮本さん!」

「事実です」

 私が助け船を沈める。

 会長は額を押さえた。

「先輩。会長は、会長の適性について話しているんです」

「うん。だから、完璧じゃなくてもできるって話」

 会長が顔を上げる。

 宮本先輩は私を見ていた。

「真白ちゃんが誰かの前で上手く話せなかったら、私が話すよ」

「先輩は卒業します」

「卒業するまでは」

 その言葉に、胸が少し沈む。

「それに、卒業しても応援できる」

「学校の選挙には関われません」

「応援って、選挙だけじゃないでしょう」

「……そうですね」

「立候補してって言ってるわけじゃないよ」

「今の話の流れで?」

「真白ちゃんが決めることだから」

 以前なら、「立候補しなよ」と簡単に言ったかもしれない。

 この人は、変わった。

 私が取り締まったからだけではない。西村さんと出会い、自分の言葉が相手の選択へ影響することを知った。

「でも、向いてるとは思う」

「結局、言うんですね」

「感想だから」

 先輩が笑う。

 私は湯呑みを持ち上げた。

「考えるだけです」

「立候補を?」

 会長が尋ねる。

「はい。今すぐは決めません」

「それで十分です」

「逃げないよう扉を塞ぐ必要はありませんでした」

「念のためです」

「信用がありませんね」

「佐久間さんは、困っている人からは逃げません。しかし、自分のことからは時々逃げます」

「何の話ですか」

 会長の視線が、私と宮本先輩の間を往復する。

「一般論です」

「楽しそうな顔で言わないでください」

 会長選挙の告示まで、あと二週間。

 私はその日から、行く先々で立候補を勧められるようになった。


 昼休みには、梓が弁当を持って私の席へ来た。

「会長、やるの?」

「考えてる」

「やったほうがいいよ」

「梓まで」

「真白が会長なら、莉々香様の卒業までの安全は守られる」

「そのために会長になるんじゃない」

「ファンクラブの活動も、理解ある規制を」

「違反は違反」

「会員が生きていける程度の自由を」

「普通に学校生活送って」

 梓は卵焼きを一つ食べる。

「でも、真面目に向いてると思う」

「私が人前に立つところ、想像できる?」

「できるよ。真白、怒る時は全員の前でも平気でしょう」

「怒りたいわけじゃない」

「困ってる人がいたら、もっと平気」

 会長と同じことを言う。

「応援演説、私がしようか」

「まだ立候補してない」

「したら」

「会長が担当する話になってる」

「古参会員の権力が」

「生徒会長として」

「半分は推しと監視役を公式に応援したいだけでしょう」

「否定できない」

「真白が認めるんだ」

「会長の性格を」

 梓は笑い、次の卵焼きを取ろうとした。

 私は箸で止める。

「自分のを食べて」

「今日は作ってない」

「購買で買ってきて」

「一つだけ」

「今、一つ食べた」

「じゃあ最後にもう一つ」

「西村さんの唐揚げと交換してた時も、同じこと言ってたよね」

「千尋は一つしかくれなかった」

「普通でしょ」

「そういえば、今日まだ来ないね」

「西村さんが?」

「いつもなら、昼の放送が終わったらここに来るのに」

 放送は聞いた。宮本先輩と西村さんの声は、いつもどおりだった。

「放送部の仕事では」

「莉々香様だけ先に三年棟へ戻ったよ」

「よく見てるね」

「敬虔だから」

「その言葉で説明しないで」

 気にはなった。

 けれど、私から探しに行くほどの理由はない。

 そう思っていると、教室の扉が開いた。

 西村さんだった。

「遅くなりました」

「誰も待っていません」

「私は待ってたよ」

 梓が手を振る。

「唐揚げを?」

「今日はお弁当、作ってない」

「購買のパンあるでしょ」

「千尋の唐揚げは」

「ない」

「役に立たない」

「友達を弁当で評価しないで」

 私は西村さんを見る。

 いつもと変わらない、穏やかな顔。

 ただ、鞄を机の脇へ置く時、薄い紙の端が見えた。

『転校』の二文字。

「西村さん」

「はい」

「その書類は」

 西村さんは鞄を閉じた。

「まだ、話せません」

「分かりました」

 追及しなかった。

 公開放送の日に、私たちは互いの選択を勝手に決めないと約束した。

 話したくなった時に、話せばいい。

 それでも、胸の奥に嫌な予感が残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。