↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/40

第二巻 第十三章 好きでいる資格

 公開放送の翌朝、感想箱は溢れていた。

 箱の周りにも手紙が積まれ、入りきらなかった分は紙袋へ入れられている。

「何通ある?」

「三百二十八通です」

 ひよりが数えた結果を報告する。

「昨日の観客は百八十人だよね」

「校内放送で聞いた方からも届いています」

「一人で五通書いた人もいるよ」

 梓が封筒を持ち上げた。

「筆跡で分かるの?」

「全部、表に『莉々香様へ 一』から『五』って」

「連作ですね」

「ひより、感心しないで」

 生徒会室の長机に、放送部員と生徒会役員が集まっていた。内容を確認し、個人へ渡すものと部への感想を分けるためだ。

 会長は、宮本先輩宛ての山を前に、ひどく平静な顔をしている。

「会長。右手に持っている封筒は」

「分類中です」

「さっきから同じものを読んでいます」

「文章に問題がないか、慎重に」

「表に『声を失っても、あなたを見つけます』と書いてあります」

「表現が少し強いですね」

「会長が書いたんですか」

「なぜそうなるのです」

「筆跡が似ています」

「偶然です」

 会長が封筒を山へ戻す。

 耳が赤い。

「感想は一人一通という決まりがなかったので」

「やはり書いたんですね」

「長谷川文香個人としてです」

「匿名の意味がありません」

「心は匿名でした」

「意味が分かりません」

 宮本先輩が封筒を拾い、表書きを読む。

「これ、文香が?」

「違います」

「字、文香のだ」

「違います」

「ありがとう」

「……はい」

 会長が俯く。

 梓が合掌した。

「古参の祈りが報われた」

「江口さん、静かに」

「会長、泣いてます?」

「泣いていません」

「目元が」

「寝不足です」

 ここまで来ると、隠れファンという設定に無理がある。


 西村さん宛ての手紙も多かった。

『転校してきてくれて、ありがとう』

『昨日の言葉を聞いて、疎遠になった友達へ連絡しました』

『声が好きです。恋愛ではありませんが、これからも放送を聞きたいです』

 西村さんは一通ずつ、時間をかけて読んでいた。

「全部、お返事を書くんですか」

「名前のあるものには」

「七十通あります」

「夏休みまでには」

「真面目ですね」

「嬉しいので」

 隣で宮本先輩が笑う。

「西村さん、昨日から人気者だね」

「先輩の半分以下です」

「比べなくていいって」

「そうでした」

 西村さんも笑った。

 その時、ひよりが小さな白い封筒を見つけた。

「真白ちゃん。これ、生徒会宛てです」

 差出人の名はない。

 中には便箋が一枚。

『放送室に紙を貼ったのは私です。西村先輩が嫌いだったわけではありません。宮本先輩の隣が変わるのが嫌でした。公開放送を聞いて、間違っていたと思いました。ごめんなさい』

 室内の空気が変わる。

「これだけ?」

 千夏先輩が尋ねる。

「はい」

「名乗っていないのね」

「でも、謝っています」

 ひよりが言う。

「謝罪は、本人へ届かなければ意味がないわ」

 千夏先輩の声は厳しかった。

「名乗れば、自分が責められる。だから匿名で許してほしいなんて」

「高橋先輩」

「何」

「先輩は、許せませんか」

 西村さんが静かに聞く。

「私が決めることではない」

「では、私は、今はこれで十分です」

「でも」

「貼り紙を見た時は、怖かったです。学校へ来たことも、部活へ入ったことも、全部間違いだったと言われた気がしました」

 西村さんは便箋を手に取った。

「でも、間違っていたと思ってくれた。それを知れただけで、今日は十分です」

「今後、同じことがあれば」

「その時は、佐久間さんが止めてくださいます」

 急に名前を出され、私は背筋を伸ばした。

「もちろんです」

「江口さんも怒ってくださいます」

「怒る。今でも、ちょっと怒ってる」

「高橋先輩も、会員を調べてくださいました」

「当然よ」

「だから、怖くても一人ではありません」

 千夏先輩は何も言わず、視線を逸らした。

 宮本先輩が便箋を見る。

「私の隣が変わるのが嫌、か」

「心当たりがありますか」

 私が聞く。

「あるよ。私も、そう思うことがあるから」

「先輩も?」

「うん。真白ちゃんが西村さんと二人で話してると、ちょっと嫌」

「またその話ですか」

「昨日も二人で、仲よさそうだった」

「ケーブルを片付けてただけです」

「何を話してたの?」

「先輩には関係ありません」

「それ、ずるい」

「個人の会話です」

「西村さん」

「佐久間さんが、宮本先輩を好きかもしれないという話です」

「西村さん!」

 室内が静まり返った。

 次の瞬間、会長が机へ額をぶつけた。

「会長!?」

 ひよりが駆け寄る。

「大丈夫です。少し、情報量が」

「どこか打ちました?」

「情緒を」

「会長、仕事中です」

 梓は両手で顔を覆っている。

「真白、本人以外には認めたの?」

「認めてない!」

「好きかもしれない、とはおっしゃいました」

「質問しただけ!」

「私に、『私は先輩が好きなのでしょうか』と」

「一字一句再現しなくていい!」

 宮本先輩は、私を見たまま動かない。

「真白ちゃん」

「違います。違わないかもしれませんが、今はまだ」

「好きかもしれないの?」

「全員の前で聞かないで」

「じゃあ、二人ならいい?」

「そういう問題では」

「あとで聞くね」

「聞かないで」

「聞く」

 珍しく強い言い方だった。

 先輩の顔も赤い。

 私だけが追い詰められているのではないと分かり、少しだけ安心する。

「宮本先輩」

 西村さんが呼ぶ。

「何?」

「私も、後でお話があります」

「西村さんも?」

「はい」

「今日、話が多いね」

「人気者ですから」

「私、人気者だから話をされるの?」

「いいえ。宮本莉々香という方だからです」

 宮本先輩は困ったように笑った。

「その言い方、やっぱり慣れない」

「慣れてください」

「まだ好き?」

「昨日より」

「増えてるんだ」

「はい」

 先輩の耳がさらに赤くなる。

 胸は痛んだ。

 でも、以前のように冷たい言葉は出なかった。

 西村さんの好意を消さなくても、私の気持ちはなくならない。

 私がどうするかは、私が決めればいい。

「西村さん」

「はい」

「手紙の分類を続けよう」

「そうですね」

「宮本先輩も」

「真白ちゃん、逃げた」

「仕事です」

「また便利な言葉」

「先輩にだけは言われたくありません」

 笑い声が上がる。

 会長だけは机へ伏せたまま、時々「供給が多い」と意味不明なことを呟いていた。


 昼休みの終わり、西村さんは宮本先輩を中庭へ呼び出した。

 今度、私はついていかなかった。

 梓が「見なくていいの」と聞いたが、首を振った。

「二人の話」

「怖くない?」

「怖い」

「素直だね」

「昨日から疲れた」

「じゃあ、ここにいる」

 梓は私の隣へ座った。

 生徒会室には二人だけだった。

「応援はしないけど、真白が泣いたら肩は貸すよ」

「泣かない」

「知ってる。真白、意地っ張りだから」

「梓に言われたくない」

「千尋も泣かなそう」

「そうだね」

「あの子が泣いたら、どうしよう」

「肩を貸したら?」

「敵なのに?」

「友達でしょ」

 梓は少し考えた。

「そうかも」

「本人へ言ってあげて」

「嫌。調子に乗る」

「西村さんは乗らない」

「じゃあ、余計に嫌」

 窓から中庭は見えない。

 何を話しているかも分からない。

 時計の秒針だけが響く。

 十分後、扉が開いた。

 西村さんが一人で戻ってきた。

 目は赤くない。表情も穏やかだった。

「お話、終わりました」

「何を」

 聞きかけて止める。

「聞いても?」

「はい。今すぐ返事はいらないと、お伝えしました」

「告白したの?」

 梓が立ち上がる。

「改めて。私は宮本先輩を恋愛として好きです、と」

「返事は」

「今は同じものを返せない、と」

 胸がほどける。

 その安堵を見せたくなくて、拳を握った。

「断られたの?」

 梓の声は、思いのほか優しかった。

「いいえ。先輩にも分からないそうです」

「待つの?」

「答えを急がせるつもりはありません。ただ、卒業まで曖昧にするつもりもないと伝えました」

「強いね」

「怖いですよ」

 西村さんが笑う。

「今も、少し逃げたいです」

「……肩、貸そうか」

 梓がぼそりと言った。

「泣いていません」

「知ってる。言ってみただけ」

「では、少しだけ」

「え?」

 西村さんが梓の肩へ額を預けた。

 梓の両手が行き場を失い、宙をさまよう。

「ちょっと、千尋」

「十秒だけ」

「真白、どうしよう」

「貸すって言ったでしょ」

「本当に来ると思わないじゃん」

「静かにして」

 十秒後、西村さんは顔を上げた。

「ありがとうございました」

「……どういたしまして」

 梓の顔が赤い。

 西村さんは何事もなかったように席へ座り、手紙の分類を再開した。

 梓はしばらく、自分の肩を見つめていた。

「真白」

「何」

「信仰上の敵って、肩を貸してもいいのかな」

「信仰には詳しくない」

「会長に聞こうかな」

「やめたほうがいいよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。