第二章 監視役の規則
特別監視役を引き受けた翌朝、文香先輩から一枚の用紙を渡された。
題名は『宮本莉々香および非公認ファンクラブに関する特別指導要領』。
「いつ作ったんですか」
「昨日、佐久間さんが帰ったあとです」
「会長一人で?」
「小田さんにも確認してもらいました」
用紙には、私の役割が七項目に分けて記されていた。
一、宮本莉々香本人の交友関係へ、必要以上に介入しない。
二、恋愛感情や好意の表明そのものを禁止しない。
三、発言を理由とした争い、つきまとい、通行妨害が発生した場合に事情を確認する。
四、ファンクラブの企画は、校内設備や個人の写真、音源を使う場合に限り、生徒会の確認を受ける。
五、宮本莉々香本人を毎日呼び出したり、行動を記録したりしない。
六、相談者の氏名や相談内容を、ファンクラブへ伝えない。
七、判断に迷った場合は、生徒会長へ報告する。
「五番は、誰に向けた注意ですか」
「監視という言葉が、誤解を招く可能性がありますから」
「私が毎日追いかけると思ったんですか」
「佐久間さんは真面目なので」
「しません」
「なら問題ありません」
内容は、おおむね納得できた。
ただ、七番だけは少し引っかかった。
「会長へ報告して、公平に判断できますか」
「そのつもりです」
「“そのつもり”では困ります」
「では、公平に判断します」
「お願いします」
文香先輩は、少しだけ苦笑した。
「佐久間さんは本当に容赦がありませんね」
「会長だから言っているんです」
「肝に銘じます」
そこへ、ひよりが新しい用紙を持って入ってきた。
「ファンクラブ側の注意事項も作りました」
こちらには、特定の生徒を追い回さないこと、廊下を塞がないこと、放送部へ過剰な数のリクエストを送らないことが書かれている。
「すでに過剰なリクエストが?」
「先月、同じ曲が二十三通届きました」
「誰が送ったんですか」
「一人一通ですが、会員同士で合わせました」
「組織的では」
「放送部から注意を受けて、やめました」
ひよりは何でも穏やかに話す。
「小田さんは、この監視役に賛成なの?」
「賛成です」
「ファンクラブ会員なのに?」
「会員だからです。莉々香先輩の名前で喧嘩が起きるのは嫌ですし、応援しているだけの人まで悪く思われたくありません」
「じゃあ、情報提供をお願い」
「分かりました。ただし、会員の個人的な会話をすべて報告するつもりはありません」
「問題行動につながりそうなものだけで十分」
「佐久間さんなら、そう言ってくださると思いました」
ファンクラブを敵と決めつけず、ひよりを窓口にした文香先輩の判断は正しかった。
悔しいが、会長としては有能なのだ。
「それから、監視役の腕章を作りました」
ひよりが机の下から、白い布を取り出す。
青い字で『特別監視』と縫われていた。
「着けません」
「なぜですか」
「大げさです。宮本先輩を犯罪者のように見せます」
文香先輩が腕章を確認する。
「確かに、少し強いですね」
「では、『宮本莉々香担当』では」
「もっと着けません」
「『莉々香様係』」
いつの間にか扉の前にいた梓が口を挟んだ。
「なんでいるの」
「真白を迎えに来た」
「教室で待ってて」
梓は腕章を取り、勝手に腕へ巻いた。
「どう?」
「似合ってるって言えば外す?」
「莉々香様に言われたら」
「私が言っても意味ないんだ」
「真白に言われても嬉しいけど、それとこれは別」
ひよりが腕章を回収した。
「普通の生活指導腕章でよいですね」
「お願い」
「残念です」
「小田さんも少し楽しんでたの?」
「少しだけ」
文香先輩は指導要領の最後へ、腕章は通常のものを使用、と書き足した。
「佐久間さん。この役目で一番大切なのは、宮本さんを管理することではありません」
「では、何ですか」
「誰かが宮本さんの言葉を利用して、別の誰かを傷つけることを防ぐこと。そして宮本さん自身が、知らないところで悪者にされることを防ぐことです」
会長ではなく、古参ファンとしての本音も混じっているのだろう。
それでも、内容には同意できた。
「分かりました」
「一か月、お願いします」
「一か月で終わるとよいのですが」
「終わるの?」
梓が残念そうに言う。
「始まる前から長期化を期待しないで」
「真白と莉々香様、相性よさそうなのに」
「まだ話してもない」
「会えば分かるよ」
その言葉は、文香先輩が昨日言ったものと同じだった。
二人が何を期待しているのかは知らない。
私は通常の生活指導腕章を受け取り、生徒会室を出た。
この時点では、本当に一か月で終わると思っていた。




