第一章 特別監視役を命じます
二人から反省文を受け取り、翌日の昼休みにもう一度生徒会室へ来るよう伝えた。
チョコレートは持ち帰らせた。没収する規則はないし、食べ物を生徒会室で預かる理由もない。二人が帰ったあと、私は窓を開けた。冬の冷気が、熱のこもった室内を少しずつ薄めていく。
「それで、“また”とはどういう意味ですか」
文香先輩は自分の机へ鞄を置き、椅子へ座った。
「佐久間さんは、宮本さんを知らないのね」
「二年生の放送部員だということは、さきほど知りました」
「昼の校内放送は聞かない?」
「流れているのは知っていましたが、担当者の名前までは気にしていませんでした」
「なるほど」
文香先輩は少し考え、引き出しから数枚の報告書を取り出して机上へ並べる。
一枚目は、二年生同士の口論。宮本先輩から文化祭の髪飾りを褒められた生徒と、以前からその生徒へ好意を寄せていた友人が揉めたという記録だ。
二枚目は、一年生の部活動変更。放送室前で宮本先輩に「声がきれい。放送部に向いてそう」と言われ、入部届を出そうとした。元の部活の先輩と衝突したため、最終的には変更を取りやめている。
三枚目。図書室での小競り合い。宮本先輩に「本を選ぶ顔、真剣でかわいいね」と言われた生徒を、ファンクラブの一部が“有力候補”として追い回した。
「全部、宮本先輩の発言がきっかけなんですか」
「きっかけではあります。ただ、宮本さん自身が喧嘩を命じたわけではありません。交際を迫った記録もないわ」
「注意は」
「担任と放送部顧問から、何度か。本人はそのたび素直に謝っています」
「それで繰り返しているなら、反省していないのでは」
「会えば分かると思います」
曖昧な言い方だった。
「ファンクラブには、生徒会から警告できないんですか」
「非公認ですから、正式な部活動として処分することはできません。誰かを好きになることまで禁止もできない。私たちが止められるのは、廊下を塞ぐこと、授業や部活動を妨げること、本人の許可なく私物を持ち出したり、写真を展示・配布したりすること。実際の行動だけです」
正しい。しかし、正しいからこそ厄介だった。
好きになるのは自由。褒めるのも自由。けれど、その自由が重なった先で誰かが髪をつかみ、リボンを引っ張っている。
「そこで、佐久間さんにお願いがあります」
「嫌な予感がします」
「まだ内容を言っていません」
「この流れで、よい話だとは思えません」
文香先輩は机の上で指を組んだ。会議で提案を切り出すときと同じ姿勢である。
「佐久間さん。宮本さんと、そのファンクラブの特別監視役をお願いします」
「お断りします」
「即答ですね」
「私は生活指導担当です。特定の生徒の恋愛事情を監視する担当ではありません」
「恋愛事情を見張れとは言っていません。宮本さんの言葉から起きる問題と、ファンクラブの活動を把握してほしいの」
「なぜ私が」
「公平だからです」
思いがけない答えに、反論が一拍遅れた。
「今日の二人にも、宮本さんにも、ファンクラブにも肩入れしない。上級生相手でも必要なことを言える。生活指導担当として適任です」
「私でなくても」
「それに」
文香先輩の眼鏡が、窓から入る夕日に光った。
「宮本さんに褒められても、まともに説教できそうですから」
「その基準で選ばないでください」
「大切な基準ですよ」
「会長。私を何だと思っているんですか」
「信頼できる後輩です」
笑顔で言われると弱い。
それを分かっているところが、この人のずるいところだった。
「……期間は」
「まずは一か月程度。問題が落ち着けば、通常の生活指導へ戻します」
「具体的には何をすれば」
「明日、宮本さん本人へ事情を説明してください。ファンクラブの活動については、庶務の小田さんが窓口になれます」
「小田さんが?」
「ええ。とても詳しいわ」
私はその意味を、その場では深く考えなかった。
翌日、考えなかったことを後悔することになる。
二月十四日の朝、昇降口には甘い匂いが漂っていた。
紙袋を抱えた生徒。鞄の奥を何度も確かめる生徒。普段より早く登校し、誰かの下駄箱へ小さな包みを入れる生徒。
女子高校のバレンタインは、私が想像していたよりずっと忙しい。
「おはよう、真白」
江口梓が、私の肩を後ろから軽く叩いた。中学からの親友で、クラスも同じ。ふわりと巻いた髪と明るい声のせいで軽く見られがちだが、試験前には私より細かい計画表を作る。
「おはよう」
「昨日、生徒会で大捕物したんだって?」
「もう広まってるの」
「廊下で取っ組み合いなんて、広まらない方が無理でしょ。原因、莉々香様だったんだよね」
足が止まった。
「いま、何と呼んだの」
「莉々香様」
梓は何のためらいもなく繰り返した。
「宮本莉々香先輩のこと?」
「ほかに誰がいるの」
「あなた、知ってるの」
「知ってるも何も」
梓は私の顔をじっと見つめ、信じられないものを発見したように目を見開いた。
「真白、莉々香様を知らなかったの?」
「昨日まで名前も」
「嘘」
「嘘をつく理由がないでしょ」
「同じ学校に十か月も通って?」
「学年が違うし、部活も違うもの」
「昼の放送は?」
「流れてるのは知ってる。でも、担当の名前まで気にしてなかった」
梓は額へ手を当てた。
まるで私が社会生活に必要な常識を一つ欠いているかのような反応だった。
「それより、どうして様付けなの」
「敬意」
「ファンクラブの人?」
「信仰に会員証は必要ないよ」
「質問に答えて」
「会員ではある」
頭が痛くなってきた。
私は昨日、会長から小田ひよりがファンクラブに詳しいと聞いた。そして今、最も身近な親友まで会員だと判明した。
「梓。私、宮本先輩とファンクラブの特別監視役になったの」
「えっ」
「一か月だけ」
「毎日莉々香様に会えるの?」
「問題が起きたときだけ」
「羨ましい」
「相談する相手を間違えた」
「写真が撮れたら送って」
「監視役を何だと思ってるの」
朝から早くも辞任したくなった。




