第二巻 プロローグ 転校初日のデート
ここから単行本で言う巻を変えたい
四月の朝、私は校門の前で、見知らぬ女子生徒が宮本莉々香先輩に告白するところを見た。
正確に言うなら、告白ではなかったのかもしれない。
少なくとも、宮本先輩はそう思っていなかった。
「転校初日? 校舎、案内しようか。かわいい転校生さん」
桜の花びらが一枚、先輩の肩へ落ちた。
春休みのあいだに少し伸びた髪。眠そうに細められた目。通学鞄を片方の肩へ引っかけた、いかにも隙だらけな立ち姿。
去年までなら、それだけの光景だった。
宮本先輩が誰かを褒める。褒められた誰かが頬を染める。先輩は何も気づかず、いつもどおり笑う。
私が駆けつけて、言葉の取り扱いについて説教をする。
そこまでが一連の流れである。
けれど、その転校生は頬を染めなかった。
艶のある黒髪を耳へかけ、落ち着いた目で宮本先輩を見返した。
「お願いします。そのあと、放課後デートしてください」
「……え?」
宮本先輩が固まった。
これは、かなり珍しい。
「冗談ではありません。宮本先輩のこと、ちゃんと好きになれそうなので」
「あ、ええと」
「西村千尋です。今日から二年生になります」
「宮本、莉々香。三年。放送部です」
「知っています」
千尋と名乗った転校生は、そこで初めて柔らかく笑った。
「声を聞いたことがありますから」
宮本先輩が、助けを求めるように周囲を見た。
そして校門脇に立つ私と目が合った。
「真白ちゃん」
この時ばかりは、その呼び方が救難信号に聞こえた。
「おはようございます、宮本先輩」
「おはよう。あのね、転校生さんが」
「聞こえていました」
「どうしよう」
「知りません」
「監視役でしょう?」
「恋愛相談役ではありません」
去年の二月から、私はこの人の言葉が引き起こす騒動を監視してきた。
チョコレートを渡す順番をめぐる喧嘩を止め、非公認の誕生祭企画を監督し、四十人のファンを前に宮本先輩本人が人気の大きさを理解する瞬間にも立ち会った。
それでも私は、たった一人の転校生に言葉を失った宮本先輩を、どう取り扱えばいいのか知らなかった。
西村さんは私へ向き直った。
「あなたが、佐久間真白さんですね」
「どうして私を」
「転入前に、この学校のことを少し調べました。校内新聞にお名前がありました」
「私の記事まで?」
「宮本先輩の非公認ファンクラブと、その特別監視役について」
宮本先輩が私を見る。
「真白ちゃん、有名だね」
「嬉しくありません」
「記事では、厳しくて公平な生活指導担当、と」
「あと、笑うとかわいいよ」
「宮本先輩。今、余計な情報を足さないでください」
私は額を押さえた。
始業式の朝から頭が痛い。
そこへ、背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「真白、おはよう――って、莉々香様!?」
江口梓が駆け寄ってくる。宮本先輩へ頭を下げ、私を見て、知らない転校生を見て、三人の位置関係を二秒で読み取った。
「誰、この人」
「転校生の西村千尋さん」
「なんで莉々香様の隣にいるの」
「校舎を案内してもらいます」
「なんで」
「先ほどお願いしました」
「なんで!」
同じ質問なのに二度目だけ音量が倍になった。
「梓、朝からうるさい」
「真白は黙ってて。これは信仰上の緊急事態だから」
「学校へ信仰を持ち込まないで」
西村さんは、梓の剣幕にも一歩も引かなかった。
「江口梓さんですね。学校行事の写真で、お名前を見ました」
「なぜ私まで知られてるの」
「転入前に学校のことを調べていて、宮本先輩の非公認ファンクラブについても少し」
「入会希望?」
「いいえ」
梓の顔が険しくなる。
「私は宮本先輩を、遠くから眺めるつもりはありません」
始業を告げる予鈴が鳴った。
満開の桜が風に散る。
その綺麗な朝の真ん中で、梓は天敵を見つけた顔をし、宮本先輩は困り果て、私はなぜか胸の奥へ小さな棘が刺さるのを感じていた。
たぶん、この時にはもう分かっていたのだ。
今年も、平穏な学校生活にはならない。




