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幕間 誕生日の昼放送

 三月七日の昼休み、梓は放送開始の五分前から天井のスピーカーを見つめていた。

「見ても声は出てこないよ」

「今日は特別な日だから」

「誕生日でも、放送内容は通常どおり」

「真白、冷たい」

「授業日に私的な誕生日放送はできない」

「午後に誕生祭をするのに?」

「あれは施設使用許可を取った、有志の会なの」

「すっかり運営の人だね」

「監視」

 予鈴代わりの短い音楽が流れた。

『こんにちは。三月七日、金曜日。お昼の放送を始めます』

 莉々香先輩の声だった。

 梓が目を閉じる。

 私は弁当箱を開きながら、無意識に耳を澄ませていた。

 学校からのお知らせ。卒業式の練習予定。図書室からの返却期限。曲紹介。

 いつもと同じ内容が続く。

『続いて、放送部へ届いたメッセージを紹介します』

 紙をめくる音。

『二年生の方から。“今日、誕生日を迎えた友達がいます。本人は自分から言わないと思うので、代わりにお祝いしてください”』

 教室が少しざわついた。

 梓が身を乗り出す。

『お誕生日、おめでとうございます。言葉にしなくても覚えていてくれる友達がいること、きっと素敵な一年の始まりになると思います』

 莉々香先輩は、自分の誕生日だとは一言も言わなかった。

 メッセージも、おそらく別の生徒へ向けたものだ。それでも今日という日と重なり、教室の何人かが顔を見合わせる。

「このメッセージを送ったの、文香先輩かな」

 梓が囁く。

「二年生の友達、としか書いてない」

「莉々香様は自分のことだと気づいてない?」

「別人宛てでしょ」

「でも、文香先輩ならやる」

「あとで確認する」

 放送の最後、莉々香先輩は少し間を置いた。

『それから、今日の放課後に体育館で行われる校内放送文化振興会へ参加する皆さん。足元に気をつけて来てください。私も少しだけ参加します』

 今度こそ教室全体がざわめいた。

 本人参加は伏せる予定だった。しかし開始まで三時間なら、新たな参加者が急増する可能性は低い。放送部顧問と千夏先輩が、朝のうちに告知を許可したらしい。

『企画してくださった方、準備を手伝ってくださった方、ありがとうございます。では、今日のお昼の放送はここまでです』

 終業音。

 梓は机へ両手をついた。

「本人の口から参加宣言」

「聞いた」

「少しだけ、だって。最後までいるのに」

「参加者以外も聞いてるから、詳しく言わなかったんでしょ」

「真白が教えた?」

「私は知らない」

「莉々香様、自分で考えたんだ」

 嬉しそうな声だった。

「ところで、今日のお弁当、まだ一口も食べてませんよ」

「胸がいっぱいで」

「午後に会場設営があるんだから、食べて」

「真白、もう実行委員長みたい」

「実行委員長は高橋先輩」

「高橋先輩、今日大丈夫かな」

「大丈夫にする」

「言い切った」

 梓はようやく箸を取った。


 放送終了後、生徒会室へ向かうと、文香先輩がすでにいた。

「会長。今日の誕生日メッセージは」

「私ではありません」

 尋ね終える前に否定された。

「まだ何も言っていません」

「顔に書いてあります」

「二年生から、誕生日を迎えた友達へのメッセージです」

「宮本さん宛てではありません。差出人も相手も別の生徒です」

「確認したんですか」

「放送部顧問へ、私的利用に当たらないか確認しました」

「では、本当に偶然」

「ええ」

 文香先輩は書類を整えながら、少しだけ笑った。

「宮本さんは、自分宛てではない誕生日の言葉を、自分の誕生日に読んだ。それで十分です」

「何が十分なんですか」

「個人的な感想です」

「声に出さないでください」

「まだ何も」

「これから出そうだったので」

 机の上には、施設管理用の腕章と、ファンクラブの会員証が並んでいる。

「会長。会員証は置いていってください」

「本人参加の誕生祭ですよ」

「施設管理責任者として出席するのでしょう」

「会員としての自分も否定できません」

「少なくとも、首から下げないでください」

「内ポケットへ入れます」

「持っていくんですね」

 文香先輩は会員証を丁寧にしまった。

「佐久間さんは、何も持っていかないの?」

「何をですか」

「宮本さんへの誕生日プレゼント」

「私は監視役です」

「それは贈らない理由になりますか」

「個人的な贈り物をする関係ではありません」

「そうですか」

 文香先輩はそれ以上勧めなかった。

 ただ、机の横には細長い包みが置かれている。本人へ直接渡さず、受付を通すという規則を守るつもりらしい。

「会長は何を」

「放送原稿用の万年筆です」

「高価なものでは」

「校則の範囲内です。領収書もあります」

「そこまで準備しているんですね」

「古参ですから」

 聞き慣れてしまった答えだった。

 私は自分の鞄を見た。

 もちろん、莉々香先輩へ渡すものは入っていない。

 それでよいはずなのに、文香先輩の包みを見たあとでは、何か忘れてきたような気分になった。


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