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幕間 四十席の申込書

 莉々香先輩の参加が決まったことは、一般の会員には伏せられた。

 理由は簡単である。告知すれば、参加者がどこまで増えるか分からないからだ。

「人数制限なしって書いてありますけど」

 私は千夏先輩の申込書を指さした。

「はい」

「体育館の収容人数には限界があります」

「消防法上の収容上限までは余裕があります」

「四十人と四百人では、運営が違います」

「四百人は、この学校の生徒数を超えています」

「例えです」

 千夏先輩は参加予定者一覧を開いた。

 現時点で三十六人。内訳は一年生十七人、二年生十一人、三年生八人。ファンクラブ会員以外も参加可能だが、企画が広く知られていないため、ほとんどは会員だった。

「当日参加を認める以上、受付で人数を数えてください。四十席を超えた場合は、椅子を追加する前に避難通路を確認します」

「分かりました」

「ケーキは四十人分ですよね」

「予備を含め四十二人分です」

「それ以上来た場合は」

「私はケーキを辞退します」

「運営側全員がそう言い始めるので、最初から小さく切り分ける案も準備してください」

「すでにあります」

 別紙が出てきた。

 四十人、四十五人、五十人の場合の切り分け図。ケーキ一台に対し、何センチ幅で包丁を入れるかまで記されている。

「どうして、こういうところだけ完璧なんですか」

「好きなことですから」

 千夏先輩は当然のように答えた。


 申込書を確認していると、南が生徒会室へ顔を出した。

「校内放送文化振興会について、取材したいんだけど」

「誰から聞いたの?」

「体育館の使用予定表」

「誕生祭だとは書いてない」

「副題が消し切れてなかったよ」

 最初の企画書には、鉛筆で『宮本莉々香生誕祭』と書いて消した跡が残っていた。南はそれを見たらしい。

「取材は高橋先輩へ」

「高橋先輩、記事にしないでって」

「じゃあ、しないで」

「校内イベントなのに?」

「非公認団体の催しなの。参加者の顔や個人的な発言を載せるなら、全員の許可を取って」

「大変だなあ」

「大変なら記事にしなくていい」

「莉々香先輩は来るの?」

 千夏先輩と私は、同時に南を見た。

「来るんだ」

 南の目が輝く。

「いまの反応だけで決めないで」

「否定しないんだね」

「本人の参加は一般告知しない。記事にも書かないで」

「どうして」

「混乱を避けるため」

「当日に記事を出すのは?」

「事後に内容を確認する」

「生徒会の検閲?」

「個人情報と安全管理の確認」

 南は私と千夏先輩を交互に見た。

「佐久間さん、すっかりファンクラブの運営側だね」

「監視側」

「企画書も一番詳しく読んでる」

「確認する必要があるから」

「本人まで呼んだ」

「依頼された」

「便利だね、監視役って」

 最近、同じ指摘ばかり受けている。

「取材申請書を出して。許可する範囲は文香会長と決める」

「分かりました」

 南は素直に引き下がった。ただし扉の前で振り返る。

「佐久間さんが宮本先輩の隣に立つなら、その写真だけは撮らせて」

「許可しない」

「まだ撮ってないのに」

「今後も」

 南が去ると、千夏先輩は申込書を閉じた。

「新聞部へ知られましたね」

「当日まで本人参加を伏せる約束はさせます」

「笹原さんは信用できますか」

「記事にしたい気持ちが強すぎるだけで、約束を破る人ではありません」

「佐久間さんは、ずいぶん周囲を信用するんですね」

 意外な言葉だった。

「信用しなければ、何も任せられません」

「私は、莉々香さん本人に企画を伝えることもできませんでした」

「高橋先輩は、本人と距離を置いて応援したかったのでしょう」

「それだけではありません」

 千夏先輩は、参加予定者の名前を指でなぞる。

「話してみて、私が思っていた人と違ったら嫌だったんです」

「宮本先輩が?」

「放送で聞く声も、行事で見る姿も、私にとってはずっと同じでした。優しくて、明るくて、誰に対しても公平で。近くで話せば、違う部分も見えるでしょう」

「それは当然です」

「分かっています。でも、知らなければ、ずっと好きな姿だけを見ていられる」

 千夏先輩が莉々香先輩をアイドルとして見る理由が、少し分かった。

 遠くからなら、相手に失望することも、相手から失望されることもない。

「誕生祭へ本人が来るのは、嫌ですか」

「怖いです」

「中止を頼みますか」

「いいえ」

 答えは早かった。

「企画者なのに、本人だけを外へ置いていました。その方がおかしいと、いまは思います」

「では、当日は話してください」

「それとこれとは」

「別ではありません」

「佐久間さんは厳しいですね」

「よく言われます」

 千夏先輩は息を吐き、参加予定者一覧へ最後の一人を書き加えた。

 四十人目。高橋千夏。

 これまでは運営者として、参加人数から自分を外していたらしい。

「参加するんですね」

「運営しながらです」

「それでも、ファンとして?」

 千夏先輩は少し迷い、頷いた。

「はい」

 四十席目の申込書が、そこで埋まった。


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