第八章 本人を呼んでください
企画書を抱えて放送室へ向かう途中、梓を捕まえた。
「写真を提供したそうね」
「学校行事の分だけだよ」
「どうして私に言わなかったの」
「聞かれなかったから」
「誕生祭の存在を?」
「サプライズかと思って」
「本人不在の催しで、何を驚かせるの」
「私たちが楽しい」
「正直すぎる」
梓は企画書を覗き込み、会場図を見て目を輝かせた。
「視聴覚ブース、本当にできるんだ」
「知っていたの」
「放送部にすごい人がいるらしい、ってところまで」
「名前は」
「匿名の隠れファン」
「放送部の備品と音源を勝手に使うなら、匿名じゃ済まない」
「機材は全部私物で、音源は顧問の許可を取るって」
「ずいぶん詳しいじゃない」
「文香先輩から」
「会長は何も知らないって言ってた」
「隠れファンの名前は知らないんじゃない?」
文香先輩を追及する項目がまた一つ増えた。
「これから莉々香様に説明するの?」
「そう」
「私も」
「来ないで」
「承諾の瞬間を」
「来ないで」
梓を教室へ戻し、私は一人で放送室を訪ねた。
莉々香先輩は発声練習の途中だった。机の上に水筒と原稿を置き、同じ一文を速度と高さを変えて読んでいる。
いつも自然に話しているように聞こえる声も、こうして積み重ねられているらしい。
休憩を待って声をかけた。
「宮本先輩、企画の承諾をいただきたいのですが」
「企画?」
「三月七日、体育館で校内放送文化振興会が開催されます」
「へえ。放送部の?」
「実態は宮本先輩の誕生祭です」
「私の?」
「宮本先輩のです」
企画書を渡す。
先輩は立ったまま数ページをめくり、会場図で手を止めた。
「写真展って何」
「梓が集めて提供した、学校行事の宮本先輩の写真です」
「梓ちゃん、そんなに持ってるの?」
「持っています。歩き方だけで先輩だと判別できるそうです」
「すごいね」
「褒めないでください」
「本人いないのに?」
「今度、直接褒めるのもやめてください」
莉々香先輩は笑い、次のページを見た。
「過去の放送も聞けるんだ」
「匿名の放送部員が音源を提供するそうです」
「誰だろう」
「先輩にも分からないんですか」
「うん。私、放送部では普通の部員だよ」
「普通の部員の誕生祭に、四十人は集まりません」
「四十人?」
先輩が初めて企画書から顔を上げた。
「参加予定者です。人数制限は設けませんが、四十人前後を見込んでいます」
「私のために?」
「そうです」
「そんなにいるの?」
「ファンクラブの全体数は、もっと多い可能性があります」
莉々香先輩は少し黙り、もう一度会場図を見た。
「私、行かなくていいんだよね」
「当初は本人不在の予定でした」
「誕生祭なのに?」
「高橋先輩にとって、宮本先輩は会いに行く相手ではないそうです」
「高橋さんって、誰?」
「企画者です。同学年ですが、話したことはないと」
「同じ学年なのに、私の誕生祭をしてくれる人のこと、私知らないんだ」
その声は、面白がっているようにも、戸惑っているようにも聞こえた。
「音源と写真の使用を許可していただけますか」
「うん。いいよ」
「内容をもう少し確認してからでも」
「変なものじゃないでしょう?」
「安全面は確認します」
「じゃあ、真白ちゃんに任せる」
先輩は承諾書へ迷いなく署名した。
本来の用事はそれで終わりだった。
ところが、企画書を受け取ろうとした私の手を、先輩は紙ごと軽く押さえる。
「真白ちゃんは行く?」
「生徒会として、運営を監視します」
「そっか」
「何ですか」
「私がいないところで、真白ちゃんたちが私の誕生日を祝うんだなって」
「私は祝うためではなく」
「寂しいかも」
冗談めかした声だった。
けれど、体育館に四十人も集まるのに、祝われる本人だけがいない。確かに少しおかしい。
「ファンクラブからも、宮本先輩に出席していただけないかと頼まれています」
「高橋さんが?」
「本人は、話せないそうです。ほかの会員からです」
「真白ちゃんは、来てほしい?」
また、こちらへ答えを預けてくる。
「先輩自身が、自分の周囲で何が行われているか知る機会にはなると思います」
「監視役として?」
「はい」
「真白ちゃんもいる?」
「います」
「じゃあ、行く」
「それだけで決めるんですか」
「ほかに決めることある?」
「四十人の前へ出るんですよ」
「放送で全校生徒に話すより少ないよ」
「顔を見られるのは違うでしょう」
「そのときは、真白ちゃんの後ろに隠れる」
「私の方が背が低いです」
「じゃあ、隣」
先輩は承諾書の余白へ、『本人参加予定』と書き足した。
「これでいい?」
「高橋先輩が倒れないことを祈ります」
「企画してくれた人でしょう。会ってお礼を言いたいな」
「その場合は、ゆっくり近づいてください」
「動物みたい」
「宮本先輩を前にすると話せないそうですから」
「真白ちゃんは話せるのにね」
「監視役です」
「やっぱり、真白ちゃんに頼まれてよかった」
先輩の指が、企画書から離れた。
「当日、楽しみにしてる」
「私は楽しむ立場ではありません」
「一緒に楽しもうよ」
「仕事があります」
「終わってからでも」
直接的な誘いではない。ただ同じ場所で、同じ時間を楽しもうと言われただけ。
それなのに、私は企画書を抱き直さなければならなかった。
胸の前に何か置いておかないと、先輩の言葉がまっすぐ入ってきそうだったからだ。




