第七章 放送文化振興会
高橋千夏先輩は、厚さ三センチほどの企画書を抱えて生徒会室へ現れた。
二年生。莉々香先輩や文香先輩と同学年。耳の下で切りそろえた髪に、黒いフレームの眼鏡。ファンクラブの企画担当と聞いていたため、もっと浮ついた人を想像していたが、見た目だけなら生徒会の会計担当と言われても納得する。
「体育館使用許可申請書です」
差し出された表紙には、『校内放送文化振興会』と印刷されている。
「活動主体は」
「校内放送を応援する有志の会です」
「具体的には」
「主に宮本莉々香さんのファンクラブです」
「最初からそう書いてください」
「非公認団体名では施設使用申請が通りにくいかと」
「名前だけ変えても実態は同じです」
千夏先輩は表情を変えない。
「目的は、校内放送文化への理解促進です」
「開催日は」
「三月七日。宮本莉々香さんの誕生日です」
「誕生祭では?」
「副題としては」
「企画書には書いてありません」
「正式な目的ではありませんから」
隣で文香先輩が企画書を受け取り、ページをめくり始めた。確認が妙に速い。
「過去の校内放送音源を鑑賞し、放送部の活動史を展示。参加者同士で感想を共有し、最後に記念品を配布する。ケーキの提供も予定しているのね」
「はい。費用は参加者の事前拠出と、有志からの寄付で賄います。生徒会費や部活動費は使用しません」
「安全管理計画もあります。避難経路、アレルギー表示、食品提供者の一覧まで」
「当然です」
企画運営の能力だけなら、本当に優秀だった。
「参加人数は」
私が尋ねると、千夏先輩は別紙を開いた。
「制限は設けません。現時点の参加予定者は三十六人。最終的には四十人前後を見込んでいます」
「体育館を使う必要がありますか」
「写真展示と仮設視聴覚コーナーを設けます。教室では避難経路を確保できません」
「写真?」
「学校行事で撮影された宮本さんの写真です。江口梓さんから提供を受けました」
「梓」
親友の名前が出て、額が痛くなる。
「視聴覚コーナーとは」
「ボタンを押すと、過去の放送音源がヘッドホンから流れる装置を四台設置します」
「誰が作るんですか」
「放送部内の有志から提供されます」
「放送部の正式な協力ですか」
「いいえ。匿名の有志です」
「問題しかありません」
私は企画書を最初から確認した。
会場図は緻密だった。ステージ前に四十脚の椅子。体育館後方に写真パネル。側面に視聴覚ブース。出入口付近には受付と記念品、ケーキを置く長机。
音響機器の電源容量まで計算されている。
「宮本先輩本人の承諾書は」
千夏先輩の動きが止まった。
「ありません」
「名前、写真、過去の放送音源を大規模に使用する企画です。本人の許可が必要です」
「学校行事の写真と、校内放送の記録です」
「それでも、本人の誕生日に本人を中心とした催しをするなら、説明すべきです」
「……宮本さんには、話していません」
「話してください」
「無理です」
即答だった。
「同学年ですよね」
「同学年ですが、クラスも部活動も違います」
「一度も話したことがないんですか」
「ありません」
「それなのに、これを?」
「遠くから応援することと、本人と親しくなることは別です」
千夏先輩の声には迷いがない。
莉々香先輩を友人ではなく、舞台の上にいる人として見ている。だから本人不在の誕生祭にも、何の矛盾も感じていないのだろう。
「承諾が得られるまで、使用許可は保留です」
「佐久間さん」
文香先輩が口を挟んだ。
「企画内容自体は、条件を満たせば許可できると思います」
「会長、判断が早すぎます」
「安全計画は十分です。音源と写真の権利関係、食品提供の最終確認、本人の承諾。この三点が解決すれば、学校規則上の問題はありません」
「会長は参加しますか」
「施設管理責任者として」
「ファンクラブ会員としてではなく?」
「施設管理責任者としてです」
「座席表に、会長の名前があります」
企画書の末尾を指すと、文香先輩は眼鏡を直した。
「会場の状況を確認しやすい席です」
「中央最前列が?」
「全体を見渡せます」
「後ろが見えないでしょう」
千夏先輩は二人の会話を黙って聞いていたが、やがて私へ向き直った。
「本人の承諾は、佐久間さんから取っていただけませんか」
「なぜ私が」
「特別監視役だと聞いています」
「企画者の仕事です」
「私は宮本さんの前では話せません」
「いま私とは普通に話しています」
「佐久間さんはアイドルではありません」
「それはそうですが」
あまりに真顔で言われ、反論の勢いを失った。
「承諾書だけでいいんです。企画内容を説明し、署名を」
「ご自身で行くべきです」
「お願いします」
千夏先輩は深く頭を下げた。
こうして私は、本人よりも本人の誕生祭に詳しい上級生の代わりに、莉々香先輩へ許可を取りに行くことになった。




