第六章 次の本命は監視役
笹原南が発行した号外は、朝のうちに一年生のほぼ全クラスへ行き渡った。
題名は『孤高の放送姫に挑む一年生――特別監視役・佐久間真白』。
本文には、私が放送室へ出入りしていること。莉々香先輩へ遠慮なく注意していること。先輩が私を「真白ちゃん」と呼んでいることまで書かれていた。
事実だけを並べているように見える。しかし最後の一文が余計だった。
『これまで誰にも追わなかった宮本莉々香が、監視役の少女には自ら声をかける姿も目撃されている。新たな特別候補の登場か、今後の動向に注目したい』
「笹原さん」
昼休み、私は新聞部の部室へ号外を持ち込んだ。
南は机の上に原稿用紙を広げ、悪びれずに顔を上げる。短く切った髪と丸い眼鏡。取材中はいつも小さな手帳を持ち、誰より早く噂を拾う。
「読んでくれた?」
「訂正して」
「どこか間違ってた?」
「最後の部分。私は特別候補じゃない」
「疑問形にしてあるよ」
「疑問形なら何を書いてもいいわけじゃないでしょ」
「でも、宮本先輩が注意されても自分から話しかけに行く一年生って、珍しくない?」
「本人に聞いて」
「取材を申し込んだけど、放送部から返事がなくて」
「だから私を使ったの?」
「佐久間さんは取材しやすいから」
「許可してない」
南は手帳を閉じ、少しだけ真面目な顔になった。
「ごめん。でも、校内で話題になってることを記事にするのが新聞部だから」
「話題を作ってるのも、この記事でしょ」
「半分くらいは」
「そこは認めるんだ」
「じゃあ、佐久間さん本人から否定のコメントをもらえれば、次号に載せる」
「コメントしない」
「“宮本先輩とは監視役として接しているだけです”でいいよ」
「それを載せたら、余計に話が広がるでしょ」
「鋭いね」
感心されても嬉しくない。
「記事は回収して。少なくとも、生徒個人の恋愛関係を、本人の許可なく推測してるところは削って」
「生徒会命令?」
「生活指導としての要請」
「強制力は?」
「長谷川会長と相談する」
南の表情が変わった。
この学校で文香先輩の名前は強い。柔らかな口調で話す分、正式に注意されたときの逃げ道がないからだ。
「分かった。残ってる分は回収する。でも、もう読まれた分までは無理だよ」
「分かってる」
「ところで、本当に何もないの?」
「ない」
「即答だ」
「取材は終わり」
部室を出ると、廊下の向こうに二人の生徒がいる。
私と目が合った途端、何かを囁き合った。反対側の階段でも、別の生徒がこちらを振り返る。
記事はすでに、十分すぎるほど仕事を終えていた。
午後になると、今度は私の机へ小さなカードが置かれた。
『宮本莉々香先輩との関係について、ファンクラブへ報告をお願いします』
差出人はない。
裏返すと、日時と場所まで指定されている。放課後、第二会議室。
「梓」
「何」
「これは何」
カードを見せると、梓は一度目をそらした。
「定期確認」
「知ってるんだ」
「ファンクラブの一部が、真白を気にしてる」
「どのくらい?」
「半分くらい」
「多い」
「莉々香様に注意できる一年生なんて、今までいなかったから」
「だから何?」
「近い」
「監視役」
「毎週会ってる」
「問題が起きるから」
「莉々香様の方から話しかけてくる」
「廊下で会えば、そのくらいあるでしょ」
「真白、顔赤いよ」
「怒ってるの」
カードを二つ折りにした。
「報告には行かない」
「それでいいと思う。正式な決まりじゃないし」
「止めて」
「私が?」
「親友でしょ」
「親友だけど、莉々香様の件では完全な味方にはなれない」
「堂々と言わないで。せめて親友の分は働いて」
梓は少し考え、折り曲げたカードを私の手から抜き取った。
「じゃあ、注意文の誤字は見る」
「そこは助かるけど」
その日の放課後、私は第二会議室へ行かなかった。
代わりに生徒会室で、ファンクラブへ個人の交友関係を調査しないよう注意文を作成した。ひよりが会員向けの連絡網へ流してくれる。
「佐久間さん、ご自身が対象になると、いつもより文章が厳しいですね」
文香先輩が校正しながら言った。
「事実確認のない恋愛関係の推測は、誰が対象でも認められません」
「もっともです」
「会長、少し楽しんでいませんか」
「まさか」
「口元が笑っています」
文香先輩は咳払いし、注意文へ視線を戻した。
「ただ、宮本さんが佐久間さんへよく声をかけるという話は、私も耳にしました」
「会長まで」
「校内の状況を把握しているだけです」
「ファンとしてではなく?」
「会長としてです」
「目を見て言ってください」
文香先輩が顔を上げた、そのとき。
生徒会室の扉が開いた。
「真白ちゃん、いる?」
聞き慣れ始めた声に、室内の空気が固まった。
莉々香先輩が扉から顔を覗かせている。
「宮本先輩。どうしてここへ」
「放送部の顧問から、生徒会に出す書類を頼まれたの。真白ちゃんがいるなら、ついでに渡そうと思って」
「私でなくても受け取れます」
「でも、真白ちゃんに会いたかったし」
文香先輩のペンが止まった。
ひよりは両手で口元を覆い、目だけで笑っている。
「宮本先輩。いまの記事の件をご存じですか」
「記事?」
号外を渡すと、先輩はその場で読み始めた。
「写真、真白ちゃん怒ってるね」
「そこではありません」
「新たな特別候補だって」
「事実ではありません」
「そうなの?」
莉々香先輩は紙面から顔を上げ、私を見た。
「私たち、仲よしに見えるんだって」
「そういう問題ではありません」
「真白ちゃんは、私と仲よしだと思われるの嫌?」
「話をずらさないでください」
「嫌なんだ」
「嫌とは言っていません」
「じゃあ、いい?」
「何がですか」
「仲よし」
まともに答えれば、また文香先輩とひよりが妙な反応をする。かといって否定すれば、莉々香先輩は少しだけ傷ついた顔をするかもしれない。
「……監視対象としては、良好な関係を築けていると思います」
「かたいね」
「生徒会ですから」
「じゃあ、私は真白ちゃんと仲よしだと思ってる」
「宮本先輩」
「書類、ここに置くね。また明日」
先輩はひらりと手を振り、扉の向こうへ消えた。
沈黙の中、文香先輩の口から小さな声が漏れる。
「……尊い」
「会長」
「言っていません」
「出ていました」
「生徒会長として、良好な関係性を確認しただけです」
「その言い方でごまかせると思わないでください」
ひよりは机へ突っ伏し、声を殺して笑っていた。
私は号外を握りしめる。
勝手に関係を作られる不快さを、ようやく理解した。そのはずなのに、莉々香先輩が「仲よし」と言った部分だけは、否定しきれずに胸へ残っている。




