第十章 古参と信者
文香先輩の正体が発覚してから三日後、私は生徒会室で秘密の取引現場を目撃した。
放課後の会議が終わり、忘れた筆箱を取りに戻ったときのことだ。
室内には文香先輩と梓がいた。二人は長机を挟んで向かい合い、その中央に何枚もの写真を並べている。
「これは去年の文化祭ですね」
「はい。受付の手伝いをしていたときです」
「宮本さんは、腕章を左右逆に付けています」
「そこがいいんです」
「分かります」
扉を開けたまま、私は二人を見た。
「何をしているんですか」
梓が写真を両腕で隠す。
文香先輩は隠そうとせず、静かに眼鏡を直した。
「校内行事の記録確認です」
「会長。その言い訳はもう無理があります」
「では、率直に言いましょう。写真交換です」
「開き直る方を選んだんですね」
「盗撮や私生活の写真はありません。学校行事で正規に撮影されたものだけです」
「そういう問題ではありません」
「佐久間さん、その言葉が口癖になっていますよ」
「誰のせいですか」
机へ近づくと、写真は本当に学校行事のものばかりだった。
体育祭。文化祭。新入生歓迎会。学校説明会。人が多い場面の中から、莉々香先輩の姿だけを見つけて切り分けている。
「会長はご自分で撮影したんですか」
「生徒会広報用の写真から、公開可能なものを複製しました」
「特定の生徒だけを?」
「梓さんが必要だと」
「文香先輩だって、今学年の体育祭の写真欲しがったじゃないですか」
梓が反論する。
「私は記録の欠落を補っただけです」
「莉々香様が笑ってる写真だけ三枚も?」
「表情の変化を比較するためです」
「二人とも没収します」
写真へ手を伸ばすと、文香先輩が素早く集めた。
「佐久間さん。規則違反はありません」
「生徒会室で行うことではありません」
「それなら、次回から別の場所で」
「次回がある前提で話さないでください」
梓は残っていた一枚を拾い、私へ見せた。
「これ、真白も写ってるよ」
文化祭ではなく、つい先週の写真だった。
放送室へ向かう廊下。書類を抱えた私と、少し前を歩く莉々香先輩。先輩だけが振り返り、何かを話している。
「どうして、こんなものが」
「新聞部の子が撮ったみたい。私がもらった」
「笹原さんだね」
「莉々香様、真白の方だけ見てる」
「話してるから」
「真白は前を見てるけど」
「歩いてるから」
文香先輩が写真を覗き込んだ。
「宮本さん、少し声を落としていますね」
「写真で声は分かりません」
「姿勢で分かります」
「梓と同じことを言わないでください」
梓は腕を組み、不満そうに写真を見る。
「莉々香様は、誰にも縛られず孤高であるべきなのに」
「梓たちが集団で取り囲んでる時点で、孤高じゃないでしょ」
「ファンは遠くから見守る存在だから」
「監視役の私と何が違うの」
「真白は近い」
「問題が起きるから」
「莉々香様の方から話しかけてくる」
「廊下で会えば、そのくらいあるでしょ」
「文香先輩はどう思います?」
梓に尋ねられ、文香先輩は少し考えた。
「宮本さんが佐久間さんの前でだけ、少し声を落とすのは尊いと思います」
「会長」
「でも、莉々香様は孤高であるべきです」
「一人の人間に、勝手な理想を押しつけてはいけません」
「古参だからって余裕ですね」
「古参かどうかは関係ありません」
「絶対ある」
「二人とも」
私が止める前に、ファン同士の議論が始まった。
莉々香先輩は孤高であるべきか。誰かと親しくなる姿も含めて応援するべきか。写真は自然な表情を重視するか、放送中の凛々しい姿を選ぶべきか。
本人の知らないところで、実に勝手な話をしている。
「会長。梓。写真を片づけてください」
二人はまだ言い合っている。
「片づけないなら、宮本先輩を呼びます」
一瞬で静かになった。
効果は絶大だった。
「卑怯だよ、真白」
「本人に見せられないことしないで」
「見せられる写真です」
文香先輩はそう言いながら、誰より早く封筒へ戻している。
そのとき、まるで呼び出しを聞いていたかのように扉が開いた。
「失礼します。長谷川さん、放送部の備品申請書――」
莉々香先輩が入ってきた。
文香先輩の手が止まり、梓は机の下へ写真を隠す。私は二人の前へ立った。
「宮本先輩。書類でしたら、私が受け取ります」
「真白ちゃんもいたんだ。江口さんも?」
「生徒会の会議です」
梓が答えた。
「梓は生徒会じゃないでしょ」
「協力者」
「何の協力よ」
「真白ちゃん、今日も忙しそうだね」
莉々香先輩は私たちの様子を不思議そうに見たが、机の下までは覗かなかった。
「長谷川さん、この申請書、字がきれいで読みやすいね。長谷川さんの書く字、好き」
文香先輩の指から、ペンが落ちた。
「会長?」
「問題ありません」
「顔色が」
「問題ありません」
「長谷川さん、大丈夫?」
「はい。ありがとうございます。宮本さん」
声は平静だった。ただし、申請書を受け取る手が少し震えている。
梓が机の下から羨ましそうに見上げていた。
「用事はそれだけですか」
私は莉々香先輩を扉の方へ促す。
「うん。真白ちゃん、あとで放送室に来る?」
「今日は問題報告を受けていません」
「じゃあ、用事ないんだ」
「ありません」
「残念」
先輩は笑い、私の肩越しに文香先輩へ手を振った。
「長谷川さん、またね」
「はい。また」
扉が閉まる。
文香先輩は受け取った申請書を両手で机へ置き、しばらく動かなかった。
「会長」
「何ですか」
「宮本先輩に褒められても、まともに説教できるから私を選んだんですよね」
「その判断は正しかったと思います」
「ご自分では無理だからですか」
「……否定はしません」
梓が机の下から出てくる。
「文香先輩、ずるい」
「偶然です」
「字が好きって、かなり強い」
「筆跡を評価されただけです」
「顔が笑ってます」
「笑っていません」
文香先輩は申請書を生徒会の正式書類へ重ねた。
ただ、莉々香先輩が褒めた文字の部分だけ、ほかの書類に隠れないよう少しずらしている。
「会長、それをファンクラブへ持ち帰らないでください」
「正式な申請書です。生徒会で保管します」
「保存期間が終わったら」
「規程に従います」
「いま考えましたね」
「会長として答えました」
梓が私へ顔を寄せ、小声で囁く。
「真白、負けてるよ」
「何に」
「褒められ方」
「競ってない」
「私はまだ何も言われてない」
「だから競ってないって」
私は筆箱を回収し、二人を生徒会室から追い出した。
文香先輩まで追い出すのはおかしいと抗議されたが、写真を交換していた罰である。
廊下へ出た梓と文香先輩は、また小声で話し始めた。
「でも、佐久間さんの前の宮本さんも、やはり尊いですね」
「それとこれとは別です。莉々香様は孤高で」
「聞こえています!」
二人の背中へ声を投げる。
生徒会長と親友の両方がこれでは、私の仕事は一か月で終わらないかもしれなかった。




