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第九章 会長の机の奥

 ファンクラブの規模を把握するため、私は文香先輩へ代表者の連絡先を尋ねた。

「正式な代表者はいません」

「では、企画や連絡は誰が」

「二年生の高橋千夏さんが、実務を担当することが多いわ」

「その方とお話ししたいです」

「分かりました。連絡しておきます」

 文香先輩はいつも通り穏やかに答え、机の引き出しを開けた。

 中から生徒会名簿を取り出そうとしたらしい。

 ただ、名簿の上にあった薄いカードが床へ落ちた。

 私は反射的に拾う。

 淡い桃色の厚紙に、校内放送で使われているマイクの絵。中央には『宮本莉々香非公認ファンクラブ 会員証』と印刷されている。

 かなり若い番号だった。

「……会長」

「返してください」

 文香先輩の声から、初めて余裕が消えた。

「これは何ですか」

「見れば分かるでしょう」

「ファンクラブの会員証に見えます」

「では、説明は不要ですね」

「必要です」

 カードを机へ置くと、文香先輩は眼鏡を外し、眉間を指で押さえた。

「いつからですか」

「一年生のころから」

「宮本先輩と同学年ですよね」

「ええ」

「直接の友人では」

「クラスは別です。生徒会の業務で話すことはありますが、個人的な付き合いはありません」

「なのに会員証を」

「応援するのに、親しい必要はないでしょう」

 妙に堂々としている。

「最初にファンになった理由は」

「一年生の五月十二日、宮本さんが初めて昼の放送を担当した日です」

「日付まで聞いていません」

「緊張して、曲名を一度読み間違えました。そのあと、放送が終わってマイクが切れたと思ったのでしょうね。小さく『終わったあ』と」

 文香先輩の口元が、かすかに緩む。

「その声まで校内に流れました」

「詳しすぎませんか」

「古参ですから」

「開き直りましたね」

 いつもは冷静な会長が、莉々香先輩の話だけ早口になっている。

「私を監視役にしたのは、宮本先輩を守るためですか」

「それだけではありません」

「一部は認めるんですね」

「会長として、問題の再発を防ぐ必要があります。同時に、ファンとして宮本さんが一方的に悪者にされることも避けたい。二つは両立します」

「私情です」

「私情があるからこそ、自分ではなく佐久間さんを選びました」

 返す言葉が止まった。

 確かに文香先輩が自分で莉々香先輩を担当すれば、判断を疑われる。ファンであることを隠し、公平な人間へ任せたのなら、会長として間違ってはいない。

「それでも、最初に言うべきでした」

「申し訳ありません」

 文香先輩は素直に頭を下げた。

「今後、莉々香先輩に関する判断へ私情を持ち込まないでください」

「努力します」

「断言してください」

「持ち込みません」

「企画を無条件に通したりは」

「しません」

「写真や音源を生徒会費で購入したり」

「それは元からしていません」

「梓と写真を交換していますよね」

 文香先輩が黙った。

「昨日、本人から聞きました」

「交換というより、学校行事の記録を共有しているだけです」

「生徒会長と一般生徒が、宮本先輩の写った写真だけを?」

「……校内の文化活動です」

「会長」

「はい」

「苦しいです」

「自覚はあります」

 扉が開き、ひよりが書類の束を抱えて入ってきた。

「失礼します。あ、会員証が出ていますね」

「小田さんは知ってたんだ」

「もちろんです。長谷川会長、ファンクラブでは有名ですよ」

「隠れていないじゃないですか」

「生徒会内では隠していました」

「小田さんも生徒会です」

「小田さんは会員として数えています」

「都合よく所属を変えないでください」

 ひよりは書類を自分の机へ置き、会員証を懐かしそうに眺めた。

「初期の会員証ですね。いまは青色です」

「色まで変わってるの?」

「三回改訂されています」

「非公認なのに、なんでそこまで」

「好きな人たちが勝手にやっているから、非公認なんです」

 理屈になっているような、なっていないような。

「高橋先輩とは、いつ会える?」

「明日の放課後、ここへ来てくださるそうです」

「分かった」

 私は文香先輩の会員証を指で押し戻した。

「これは机の奥にしまってください」

「言われなくても」

「あと、会長の立場でファンクラブへ情報を流さないように」

「流していません」

「梓へ送った写真は」

「行事で撮影されたものです」

「同じです」

「佐久間さん」

「何ですか」

「宮本さんと話すときより、私に厳しくありませんか」

「会長だからです」

 ひよりが小さく笑った。

 文香先輩は会員証を引き出しへ戻し、鍵まで掛ける。

 その真剣な仕草を見ていると、この学校で最も監視が必要なのは誰なのか、分からなくなってきた。

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