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第3話 ~私の気持ち~

 家に帰って、私はお母さんに手話で話しかけた。

『お母さん、聞きたいことがあるの』

 お母さんはびっくりしていた。それはそうだろう。最近はまともに話してなんかいなかったというか、私が一方的に避けていたからだ。でも、聞かなきゃいけない。私の為に。

「どうしたの?」

 お母さんは柔らかく私に尋ねた。……そういう、過剰に優しいところが鼻につく。

『私の名前の由来が知りたい。なんで姫歌にしたの? 歌えもしないのに』

 お母さんは少し困った顔をした後、言った。

「姫歌はね、私達にとってお姫様だから。それくらい可愛くて、大切な存在」

「……」

 『姫』にはそんな気持ちがこめられていたのか。なら、ちょっとは許せるかもしれない。

『『歌』は?』

 お母さんは困り笑いをしながら言う。

「姫歌の名前にしようって、生まれる前から決めてたの。でも、あなたが声を出せないと知った時、この名前は酷じゃないかとお父さん達と話し合ってた」

 ならなんで。

 すると、お母さんは何かを思い出すかの様に微笑む。

「あなたが泣いた時、声も出せずに泣いた時、まるで歌ってるみたいだった。この子は歌えるんだ。声を出せなくても歌える強い子なんだと思った。だから姫歌」

 私は目を見開いた。お母さん達は、私を可哀相な子なんて思ってなかった。私が勝手に勘違いしていただけだった。

 なら、私の思いもぶつけよう。きっとそんなお母さんならわかってくれる。

 私は過剰に優しくしないで、可哀相な子なんて思わないで、腫れ物扱いしないで……。私は普通の子と変わらない、強く生きていけると。そう伝えた。

 お母さんは優しく笑った。

「そう……姫歌が強い子なのはよくわかってる。でも、障害があるから少しでも生きやすいように、そう思ってしまっていた。それが姫歌は嫌だったのね」

 お母さんは私を抱き締めた。

「なら私、姫歌に少し厳しくしようかしら。こんな性格だから最初は難しいかもしれないけど」

 私は……お母さんを恐る恐る抱き締め返した。

「けど、これだけは覚えておいて。私達は姫歌が困ったら全力でサポートする。他の人だってそうよ。あなたは一人じゃないの。障害があるとか無いとか関係なくて、ね」

 私は、お母さんの温もりを感じながらうなずいた。


 次の日、登校中に大地に事の顛末を伝えた。

「よかったじゃん!」

『大地のおかげだよ』

 私はスケッチブックにそう書いた。

「何言ってんの! 姫歌が頑張ったからじゃん!」

 大地は心の底からそう言っているんだろうな。でもね。

『大地がいたから頑張れた。ありがとう』

 そう書いたら大地は照れくさそうに頬を染めた。それが愛おしいなんて思った。


 そうして昼休みになった。

 いつものみたいに大地とお弁当を食べようとしていたら、声をかけられた。

「あ、あの……海野さん……と王寺くん……」

 見ると、水泳部のおとなしい組と私が名付けた子達が数人、お弁当を持って立っていた。

 おとなしい組とは、私の陰口は叩かないが、遠巻きに見るだけの人達の総称だ。なんの用だろう。

 その中の一人が「あの、あの……」と口ごもりながら言った。

「いっ、一緒にお昼食べてもいいかなっ……!」

 ……なんで?

 私が固まっているとその子達は続ける。

「わ、私達、ずっと海野さんと仲良くしたかったの……。部でもエースで格好いいし、泳ぎのコツとか聞いてみたくて……。でも、怖くて勇気が出なかった……」

 まあそうでしょうね。

「だ、だけど、最近の海野さん、優しい顔してるの、私達見てた。だから……思いきって……」

 それは……きっと大地のおかげだ。

「ど、どうかな……?」

 おとなしい組の子達はすごく緊張しているのがわかる。勇気を出してくれたんだろう。私は、それが……嬉しかった。

 大地に『いい?』と聞くと、彼は「もちろん!」と元気よく言った。私はスケッチブックに『いいよ』と書いた。

「あ、ありがとう!」

 今日のお昼ごはんは賑やかで楽しかった。


 そんな日々が過ぎていき、季節は春から夏へと変わる。

「もうすぐ大会だね」

 帰り道、大地はそう言う。

『そうね』

「俺、姫歌のこと応援してるから!」

『当たり前よ』

 私達は笑い合った。


 部活が終わり、私は大地との待ち合わせ場所に向かった。そこで落ち合って下校するのがいつものパターン。

 私は角を曲がって大地のところに行こうとすると、話し声が聞こえてきた。大地と……水泳部の一年生の女子が話し込んでいた。長い三つ編みが特徴的なのでよく目につく子だ。

 少し遠く、声は途切れ途切れにしか聞こえて来ない。でも表情は見える。一年生は頬を染めている。なんだか嫌な予感がした。大地の声が聞こえる。

「うん……君のこと……応援してるよ……だって……好きだから……」

 大地は照れくさそうな顔をしていた。

 私は踵を返してその場から立ち去った。


 なんでなんでなんで。大地は私のことが好きだって言ったじゃん。今までの時間はなんだったの。くだらない。くだらないくだらないくだらない。

 私の目からは涙が零れる。怒りと悲しみといろんな感情がぐちゃぐちゃする。

 それで気づいた。私は大地のことが好きなんだって。でも、気づいたところで何もかも遅かった。

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