第2話 ~近づく気持ち~
マネージャーとして部に入った転校生。
最初は集中的に絡まれでもするのかと思ったが、彼は部員達を平等にフォローしていた。なんだ、ちゃんと真面目にやってんじゃん。少し見直した。
マネージャーの誰かにスポーツドリンクを貰おうとプールから上がると、転校生が「はい」と渡してきた。よく見てんじゃん。
しかし、私がスポーツドリンクを飲んでいると彼は輝いた目で言ってきた。
「俺、やっぱり海野さんの泳ぎ好きだ」
「……」
私は転校生にスポーツドリンクを返し、手話をした。
『キモい』
転校生は戸惑っている様だ。
「あ、え、えっと、俺、手話わかんなくて……。手のひらに文字を書いてほしい……です」
……仕方ない。私は転校生の手を取り、手のひらに『キモい』と書いた。
すると転校生は、しょぼん……とした。
「俺……迷惑かな……」
そんな姿を見て私は何故だか……。
『好きにすれば』
そう書いてしまった。
「いいの!?」
転校生……王寺くんは明らかに嬉しそうな顔をする。
こんなに素直に好意を向けられるなんて初めてだったから。私を普通の人と同じ様に純粋に接してくれる人なんて……。
彼は「ありがとう!」と言って私の手を取った。少しときめいたのはきっと気のせいだろう。
次の日の部活終わり、着替えを終えてさあ帰ろうとした時、王寺くんが私に話しかけてきた。
「海野さん、あの、よかったら一緒に帰らない? 最寄駅ってどこ?」
私はスケッチブックに『○○駅』と書いた。すると王寺くんは興奮しながら自分を指さす。
「俺、その駅の二個前!」
その喜びようがおかしくて、私は一緒に帰ることにしてあげた。
王寺くんはたくさん喋った。学校のこと、勉強が少し苦手なこと、趣味のこと、好きな食べ物、嫌いな食べ物……。
よくそんなに喋れるな、と少々呆れながら、でも悪い気はしなかった。
彼は私がスケッチブックに文字を書く間もちゃんと待っててくれる。変に気を使ってじゃない。私の特性として受け入れてくれている。そんな感じが読み取れた。
私は気になっていたことを聞いてみた。
『なんで私のことそんなに好きなの?』
王寺くんは照れながら答えた。
「海野さんが泳いでるの、すごく、なんて言ったらいいんだろ……生き生きしててさ。一生懸命で。それでいて力強くて綺麗で。まるでおとぎ話から出てきた『人魚姫』みたいだった。見惚れちゃった。心臓の高鳴りが止まなかった。」
「……」
『人魚姫』。それは私にとって嘲りの言葉。でも今は……。
「あっ……人魚姫とか言われたくないよね……ごめん……」
王寺くんは学校での私の噂を知っているのだろう。気まずそうに謝った。私はスケッチブックに書く。
『王寺くんは私を貶める為に言ったんじゃないでしょ?』
私は……王寺くんにそう言われて……。
『嬉しかった』
「海野さん……」
初めて、人魚姫の名前に誇りが持てた。
それから私は王寺くんと登下校を一緒にするようになった。教室でも彼と話すことが多くなった。
ある日、登校時に王寺くんと合流すると、彼は手を動かした。
『おはよう』
手話だ。私はスケッチブックに『手話覚えたの?』と書く。王寺くんは照れくさそうに頭を掻いた。
「海野さんともっと話がしたくて……。手話だったら部活でも話せるし、スケッチブックに書くより早いでしょ?」
私は驚いた。彼の本気に。たかだかクラスメイトにこんなことしない。それはやっぱり、私のことが好きだから?
「まだ『おはよう』しか覚えてないけど」
恥ずかしそうに言う王寺くんに私は胸の鼓動が速くなった。
「なんか人魚姫、雰囲気柔らかくなったね」
「うん、笑うようになったし。仏頂面しか見たことなかったのに」
そんな事を周りが言うほど私は変わったと思う。王寺くんと話していると楽しい。王寺くんが笑っていると嬉しい。こんなに正の感情が私を駆け巡るのは生まれて初めてかもしれない。
「海野さんってさ~」
楽しそうに話す彼に、私は伝える。
『姫歌』
「ん?」
『姫歌でいいよ』
ドキドキする。こんな大胆なことを伝えてしまうのは。王寺くんは目をぱちくりさせた後、笑って言った。
「じゃあ、俺も大地。大地でいいよ」
『わかった』
ドキドキする。ドキドキしてしまう。なんなんだろうこの感情。でも……。
『自分で言っといてなんだけど、私、この名前嫌い』
名前で呼んでほしい。でも、自分の名前が嫌い。めんどくさい奴だ。
「なんで? 可愛いのに」
……こういうことをおくびもなく言ってしまうのが彼だとだんだんわかってきた。それはそうと、私は理由を説明した。
「なるほど~。どうして姫歌って名前にしたのか聞いたことある?」
『ない』
小学校の自分の名前の由来を聞いてくる授業は嫌すぎてサボった。
「じゃあ聞いてみたら? それから嫌っても遅くないよ」
「……」
それもその通りだ。でも、大地だから。大地が言うから私もそう思えたのだ。
避けていたものと向き合う時が来たのだろう。私は覚悟を決めた。大地に、立派な顔向けができる様に。




