第1話 ~王子は人魚姫に恋をする~
朝、中学生である私はいつもの様に登校する。すると、女子生徒二人が教室の扉の前でたむろっていた。
「でさ~」
「わかる~」
私は小脇に抱えているスケッチブックを取り出し、マジックペンででかでかと文字を書き、女子生徒達に見せた。
『邪魔』
極太の文字を見た女子生徒達は扉から退けた。私はその隣を通りすぎる。後ろから女子生徒達の声が聞こえてきた。
「感じ悪」
「海野(うんの)、いっつもあんな感じじゃんね。流石『人魚姫』。お高くとまってるわ」
こんなこと、言われ慣れてる。私のあだ名は『人魚姫』。それは嘲りの名前。
私は生まれつき声が出せない。
別にそのことを悲観はしていない。多少不便だがそれ以外は普通の人と変わらない。
けれど、家族含めて周りの人はそう思わない様で。過剰に優しくされたり、可哀相なものを見る目を向けられたり、腫れ物扱いされたり。私はそれが我慢ならなかった。
私はあんた達より劣っていると思わない。可哀相な子なんかじゃない。
その思いはいつしか他人を嫌うことへと変わった。そうして今、私の周りには誰も寄りつかなくなった。
そんな私が唯一のめり込んでいることがある。
「練習始め!」
私はプールに飛び込み、水をかき分ける。
そう、水泳。
水泳は声を出せても出せなくても関係無い。実力が全て。水の中を泳いでいる時だけは他のことを忘れられる。
いつしか私は二年生ながら部のエースになっていた。声が出せなくても健常者の大会には出られるから。
ついたあだ名は『人魚姫』。名前の『海野 姫歌(ひめか)』からも来てると思う。私はこの名前が嫌いだ。『姫』なんて守られる存在にはなりたくない。それに声が出ないのに『歌』だなんて。両親はどんな神経でこんな名前をつけたんだろう。
そんなこんなで『人魚姫』。嘲りの名前だってわかってる。でもそんなことどうでもよかった。
日常を送っていると、ある日、変化がやって来た。
「今日からこのクラスに転校してきた王寺 大地(おうじ だいち)くんだ。みんな、よろしくな」
先生の紹介の後、転校生は元気に挨拶する。
「王寺 大地です! よろしくお願いします!」
「じゃあ、王寺の席はー、海野の横。そこな」
マジかよ。確かに空いてるけど。めんどくさいなーと思いつつ、まあ関わらなければいい話だと割りきった。
転校生は先生に指された席にやって来た。そして私に話しかける。
「海野さんっていうの? よろしくね」
私は転校生を無視した。転校生は狼狽えていたが、どうでもいい。
休み時間、転校生の席の周りに人だかりができた。どこから来たの? なんで転校してきたの? テンプレ通りの質問責め。転校生は元気よく答えていった。
イケメンではないが、人当たりの良い性格。クラスの人気者になるタイプだ。どうでもいいけど。
「今日から部活の見学に行こうと思ってて……」
彼がそう話した辺りで私の興味はスマホをいじることへと移った。
いつもの様に部活をしていると、少し騒がしい声が聞こえてきた。
「王寺くん、見学来たんだ~」
「ゆっくり見てけよ」
「ありがとう」
どうやら転校生が見学に来た様だ。確か休み時間にそんな話をしていたな……。まあどうせすぐ他のところに行くだろうと私は練習を再開した。
泳ぐのは気持ちが良い。速く、速く。速さを追い求めるのも自分の限界を越えるみたいで。私の生きる世界は水の中だ。
そうして一ターン泳ぎきると、例の転校生がこちらにやって来るのが見えた。なんだろう。
不思議に思っていると、彼は飛び込み台の前までやって来て、目を輝かせ、顔を火照らせながら私に言った。
「好きです!!!」
……。何を言っているんだこいつは。
しばらく固まっていると彼は言葉の続きを紡ぎ出す。
「えっと、海野さん……だっけ……の泳ぎを見て惚れました!! あんな強くて綺麗な泳ぎ、見たこと無い!!」
……。スケッチブックは今持ってないので手話で告げた。
『あっそ』
彼が「え?」と呆気に取られている間にプールから出て、マネージャーにスポーツドリンクを貰った。
転校生の周りでは外野が来てがやがやとまくし立てている。
「海野さんはやめときな~」
「あいつ、喋れないくせに態度悪ぃから」
「いくら部のエースだからってさぁ」
悪口を言われるのは慣れている。特別気にしない。まあ転校生もこれで私に近づかないでしょ。
私はこの時、そんな甘い考え方をしていた。
次の日。
「海野さん! 俺、海野さんと仲良くなりたい!」
教室でそう転校生に声をかけられた。
私はスケッチブックに収まるぎりぎりの大きさで文字を書いた。
『は?』
それでも転校生は引き下がらない。
「告白の返事も貰ってない!」
私はスケッチブックにさらさらと文字を書く。
『あんたは全ての人から告白の返事が返ってくるとでも思ってるの? 頭お花畑?』
私はいつもの様に辛辣な言葉を転校生に投げる。転校生は一瞬怯むが、次の瞬間には身を乗り出して言った。
「俺、海野さんから返事貰える様な男になる!」
私は呆れ返って『あっそ』とだけ書いた。
数日後。
「今日から水泳部にマネージャーが一人増える。転校生の王寺くんだ。わからないことがたくさんあると思うから、みんなでサポートしてあげてくれ」
「よろしくお願いいたします!」
顧問の言葉と、隣で挨拶をする転校生に私は嘘だろ……と思った。
拍手が沸き起こる中、私だけが苦虫を噛み潰した様な顔をしていたと思う。




