最終話 ~人魚姫は王子様と……~
私は、大地を避けるようになった。
登下校でも、教室でも、部活でも。大地は戸惑っていた。おとなしい組の子達も。
でもそんなの知らない。他に好きな子がいるなら、中途半端に近寄らないで。
私は今まで以上に水泳に打ち込んだ。何かを忘れるように。
そんなある日、大地から真剣な顔で話しかけられた。「話がしたい」と。
聞くだけタダだ。これを気にすっぱり縁を切るのもいいだろう。私は承諾した。
昼休みの体育館裏。私はそこに呼び出された。話は大地から切り出した。
「なんで……最近俺のこと避けてるの? 俺、なんかした?」
カチンときた。自分のしでかしたことがわかっていないのかこの男。私はスケッチブックに荒々しく文字を書いて大地に見せた。
『長い三つ編みの一年水泳部女子』
「ん? ああ、あの子がどうしたの?」
とぼける気か。私は続けて書く。
『その子のことが好きなんでしょ?』
その文字を見せると大地はぽかんとした。とぼけてる……のか?
「えーっと……違う……けど、なんでそう思ったの?」
……ん? なんだか嘘を言っているようにも聞こえない。私はとりあえず見聞きしたことを伝えた。
すると大地は、ああと手のひらに拳をぽんとつきこう言った。
「恋愛相談されてたあれね」
……恋愛相談?
「王寺先輩と海野先輩が上手くいってるんで、私にも極意を教えてくださいって。照れるな~」
……。
『じゃあ、君のことが好きとかなんとかは?』
大地は頭をひねって考えている。
「もしかして、『うん、よかった。君のこと、上手くいく様に応援してるよ。気持ち、わかるよ。だって俺も姫歌のこと好きだから』っていうやつ?」
……。全部、私の愚かな勘違い。私はその場にしゃがみこんだ。
「ひ、姫歌? 大丈夫?」
私はスケッチブックに弱々しい字で書く。
『ごめん』
「え、うん。誤解? 解けた?」
『解けた』
「ならよかった。これからも仲良くしてくれると嬉しい」
『うん』
今回の件で知ったこと。それは私が大地が好きだということ。だから、誤解が解けた今、私は大地に伝える。
『今度の大会さ、優勝したら大地に伝えたいことがある』
「え、う、うん」
大地は少し戸惑っていたがそんなの知らない。
私は練習に打ち込んだ。大地のことを忘れる為じゃない。大地に想いを伝える為。大地が好きだと言ってくれた水泳で、私は伝えたい。
そして順調に勝ち進み、大会の決勝を迎えた。
大地はマネージャーとしてプールサイドに控えている。
集合を促す笛が鳴る。それから様々な音が流れ、私はスタート台で入水の姿勢を取る。
ピッ!
スタートの合図が鳴り、皆一斉に水へ飛び込む。
私は水をかき分けた。少しでも速く、速く。手足だけじゃない。全身で泳いだ。
泳いでいると無になれる。これまではそれで満足だった。でも、今は違う。みんなの思いと私の想いを乗せて泳ぐ。
壁を蹴ってターンする。私のあだ名は『人魚姫』。負ける訳にはいかないのよ!
ゴールの壁が手に当たる。私は水から顔を出し、結果発表を待った。
アナウンスが鳴る。
「結果発表。一位……」
心臓がドクドク音を立てる。
「海野 姫歌」
観客席の一角から歓声が上がる。私は、少し遅れて実感した。
「(優勝……)」
もちろん、それ自体も嬉しい。けれど、今日は特別な意味を持っている。
発表が終わると私はプールから上がり大地の下へと行く。
「姫歌……!」
大地は輝かんばかりの顔をしていた。それからスポーツドリンクを取り出したり、タオルを掛けたりきちんとマネージャーの仕事もしてくれる。
水分補給をした後、私は大地にスケッチブックを渡してもらうように促した。スケッチブックを手に取った私はこう書いた。
『私、大地のことが好き。付き合ってください』
その文字を見た大地は一瞬の間の後、私を抱き締めた。
「俺、姫歌のこと一生大事にする!!!」
その叫びは、また観客席の一角から歓声を沸き起こした。
数年後。
私は壁にタッチし、水から顔を出した。
「姫歌、調子いいね。フォームも安定してる」
私は手話で大地に言う。
『当たり前よ。私を誰だと思ってるの?』
「そうだね」
私は水泳選手になって、大地はそれを支えてくれるスポーツアナリストになった。大地は手話も覚えて、今ではプールでも話せる。
『それはそうと新婚旅行の行き先、絞れた?』
大地は気まずそうに人差し指で頬を掻く。
「いや……姫歌と行きたい所多すぎて……」
呆れた。
『これからも時間はたっぷりあるんだから、一個ずつ行けばいいでしょ』
「そうだね」
大地は頭を掻く。
「ほらほら、いちゃつくのはそこまで。練習に戻って」
コーチが私達を諭す。
「あ、はい」
『はい』
私達はそれぞれの場についた。
私のあだ名は『人魚姫』。
でも、それは今は嘲りの名ではなく、名誉の名となった。
そして人魚姫は王子様と幸せに暮らしましたとさ。




