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必死で尽くしてきた王子に婚約破棄されたので、自分のために生きることにしました  作者: 小林翼


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第44話

 丘を下りながら、二人は並んで歩いた。


 夕暮れが近かった。西の空が橙色に染まり始め、草原が金色に光っていた。辺境の夕焼けは、いつも大きい。空が広いから、色が遠くまで届く。


 エリゼは歩きながら、今日のことを整理していた。


 墓の前でのレイナルトの背中。長い時間、ひとりで向き合っていた。その間に何を話したのかはわからない。ただ——帰り道のレイナルトの顔が、来るときより少し軽くなっていた気がした。



「エリゼ」


 レイナルトが、歩きながら言った。


「はい」


「俺は——」


 そこで止まった。


 エリゼも足を止めた。レイナルトが前を向いたまま、立っていた。


 何かを言おうとしている。それはわかった。しかし言葉が出てこない。言いたいことはあるのに、それをどう言えばいいかわからない——この人がそういう状態になるのを、エリゼは初めて見た気がした。


 しばらく待った。


 レイナルトが小さく息を吐いた。


「……言い忘れていた」


 仕切り直すような言葉だった。


「なんでしょう」


「お前が来て、この土地が変わった」


 静かな声だった。夕焼けの光の中で、少し低く、落ち着いていた。


「春に来たとき、どうせすぐに帰ると思っていた。辺境に来る令嬢が長続きするはずがないと」


「そう思っていたんですね」


「ああ。しかしお前は帰らなかった。泥の中に入って、農民と話して、一晩中土に手を当てて——毎日、帰らなかった」


 エリゼは何も言わずに聞いた。


「その間に、土地が変わった。水路が通った。農民が笑うようになった。枯れた森が蘇った」


 レイナルトがそこで少し間を置いた。


「お前が来て、俺も変わった」


 エリゼは息をのんだ。


「三年間、何も変わらないと思っていた。変わりたいとも思っていなかった。しかし——」


 レイナルトが初めてエリゼの方を向いた。


 夕焼けが、その顔を橙色に染めていた。普段の無表情ではなかった。何かを決めた人間の、静かで真剣な顔だった。


「変わっていた。気づいたら、変わっていた」


 エリゼの胸が、大きく動いた。


 何か答えなければ、と思った。しかし言葉が出なかった。胸がいっぱいで、声にならなかった。



「続きは」


 レイナルトが言った。


「……もう少し待ってくれ」


 エリゼは少し驚いた。


「続き、があるんですか」


「ある」


「……待ちます」


 それだけ言えた。


 レイナルトが頷いた。それから、また前を向いて歩き始めた。


 エリゼも並んで歩いた。


 夕焼けが、二人の前に広がっていた。橙色と紫が混じった、辺境の空。


 続きがある。


 その言葉が、胸の中で繰り返した。続きがある——それだけで十分だった。今夜は、それで十分だった。


 草原を渡る風が、エリゼの髪を揺らした。


 レイナルトが歩調を緩めた。気づいたら、二人の歩幅が揃っていた。


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