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必死で尽くしてきた王子に婚約破棄されたので、自分のために生きることにしました  作者: 小林翼


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第43話

 アンナの墓は、城から歩いて十五分ほどの丘の上にあった。


 辺境の秋の空は高く、雲が少なかった。黄色く色づいた草が風に揺れる中、二人は丘を登った。レイナルトが前を歩き、エリゼが少し後ろを歩いた。


 お互い、ほとんど話さなかった。


 それでも沈黙は重くなかった。もう、そういう間柄になっていた。



 墓は小さかった。


 白い石の墓標に、アンナ・ヴォルフという名前と、生没年が刻まれていた。装飾はなかった。ただ、墓の周りだけ、草がきれいに整えられていた。定期的に手が入っているのだろう。


 エリゼは少し手前で足を止めた。


「ここで待っています」


 レイナルトが振り返った。


「一緒に来ていい」


「いえ、まずお二人で。私はあとで挨拶させてください」


 レイナルトが少し間を置いてから、頷いた。


 エリゼは十歩ほど離れた場所に立った。



 レイナルトが墓の前に跪いた。


 エリゼからは背中しか見えなかった。何を言っているのかは聞こえなかった。風の音と、遠くの草が揺れる音だけがあった。


 ずいぶん長い時間、レイナルトはそこにいた。


 エリゼは待ちながら、空を見た。辺境の秋の空は、どこまでも続いている。雲がゆっくり流れていた。こんな空の下に、アンナは生きていたのだろう。この土地が好きで、この空が好きで——


 レイナルトが立ち上がった。


「エリゼ」


 呼ばれて、近づいた。


 墓の前に立った。薄紫の花束を、そっと墓石の前に置いた。


「アンナさん、はじめまして」


 声に出して言った。


「エリゼ・フォン・アルトワといいます。今年の春からこちらでお世話になっています」


 風が吹いた。花束の花びらが揺れた。


「色々な方から、アンナさんのお話を聞きました。この辺境を愛していた方だと。レイナルト様のことを大切に思っていた方だと」


 少し間を置いた。


「私も、この地が好きです。それだけは、アンナさんと同じかもしれません」


 それだけ言って、頭を下げた。



 丘を下り始めたとき、レイナルトが口を開いた。


「……アンナは、気に入ったと思う」


「そうでしょうか」


「花を持ってきた人間を嫌いになったことがない人だった」


「それは、花が好きだったからですか」


「そうだ。植物が好きで、土が好きで——お前に似ているところがあった」


 エリゼは少し驚いた。


「似ている、と?」


「土を触るときの顔が、似ている」


 それだけ言って、レイナルトは黙った。


 エリゼも黙った。


 「似ている」という言葉は、比べているのではなく——ただ、正直に言ったのだとわかった。アンナを忘れようとしているのでも、重ねているのでもなく、それぞれを別の人間として見ている。この人はそういう人だ、とエリゼは思った。


 丘を下る道に、秋の光が斜めに差していた。


 二人の影が、並んで伸びていた。


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