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必死で尽くしてきた王子に婚約破棄されたので、自分のために生きることにしました  作者: 小林翼


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第40話

 枯れ森が蘇ったという話は、一週間で周辺の領地に広まった。


 二週間で、三つの隣接領地の領主から「視察させてほしい」という使者が届いた。レイナルトが承諾し、月の終わりに三家がまとめて訪問することになった。


 当日の朝、城の前に馬車が三台並んだ。


 最初に降りてきたのは、初老の男爵夫妻。次が、中年の子爵。そして三番目の馬車から降りてきたのは、二十代半ばの若い男だった。


 フィリップ・ガーデン伯爵。隣領の領主で、父から家督を継いだばかりの、まだ若い当主だという話をゲルハルトから聞いていた。栗色の巻き毛と、人当たりの良さそうな笑顔を持つ男だった。


 その男が、城の前に立っていたエリゼを見て、足を止めた。


「こちらが、噂のエリゼ様ですか」


「エリゼ・フォン・アルトワです。ようこそいらっしゃいました」


 エリゼが礼をすると、フィリップが少し前に出てきた。


「これほどお美しい方とは聞いておりませんでした」


 社交的な挨拶だ、とエリゼは受け取った。


「お越しいただきありがとうございます。案内いたしましょう」



 視察は午前中をかけて行われた。


 蘇った森、整備された水路、緑の広がる農地。三家の領主たちは一様に驚いた。男爵夫人が「まるで別の土地のよう」と言い、子爵が「植物魔法でここまでできるとは」と感嘆した。


 フィリップは視察の間中、エリゼの隣に意識的についてきた。


「エリゼ様はいつ頃からこちらに」


「今年の春からです」


「春から、ここまでとは——驚きました。才能だけでなく、行動力も並外れていらっしゃる」


「農民の皆さんが動いてくださったおかげです」


「ご謙遜を。こちらの農民から話を聞きましたが、先頭に立ってやり続けたのはエリゼ様だと、皆さん口を揃えておっしゃっていました」


 悪意のある言葉ではなかった。ただ、少し距離が近かった。


 エリゼはさりげなく半歩後ろに引いた。


 その動きを、三歩後ろから見ていたレイナルトが、無言で腕を組んだ。



 昼食の席で、ゲルハルトがレイナルトの隣に座った。


 テーブルの向こうでは、フィリップがエリゼに話しかけ続けていた。エリゼは丁寧に、しかし距離を保って応じていた。


「旦那様」


「なんだ」


「顔が怖いですよ」


「どこが」


「眉間です。ずっと寄っています」


 レイナルトが意識して眉間を緩めた。一秒後、また戻った。


「旦那様」


「わかっている」


 わかっているが、どうにもならなかった。


 フィリップという男は礼儀正しく、話も上手く、特段失礼なことをしているわけでもなかった。ただ、エリゼの傍にいすぎる。それだけのことが、なぜかひどく不快だった。


 ゲルハルトが「これを嫉妬と言わずして何と言うのか」と思ったが、口には出さなかった。



 食後、庭でフィリップがエリゼに近づくのが窓から見えた。


 レイナルトは窓から見ていた。


 二人が話している。フィリップが笑う。エリゼが笑う——表情は明るいが、体は引き気味だった。話が長くなっている。


「旦那様、少し落ち着いてください」


 ゲルハルトが横から言った。


「落ち着いている」


「手を握っておられます」


 見ると、拳を作っていた。


 レイナルトはゆっくり手を開いた。それから、窓から離れた。廊下に出て、庭の方へ向かった。


「旦那様、どこへ」


「視察の続きの確認だ」


 ゲルハルトがため息をついた後ろで、レイナルトは庭に向かって歩き続けた。


 エリゼの横に割り込むつもりは、なかった。


 ただ——少し、近くにいたかった。それだけだった。


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