第36話
クロード侯爵が王城に呼ばれたのは、夏の盛りだった。
謁見室に通されると、ヴィクトール王が待っていた。短い言葉でのやり取りの後、国務長官から一枚の書状が手渡された。
アルトワ侯爵家の爵位を、侯爵から上級侯爵へ格上げする。エリゼ・フォン・アルトワのヴォルフ伯領における農業振興の功績を、王家として正式に表彰する——そういう内容だった。
クロードは書状を読みながら、目が潤んだ。
謁見が終わり、長い廊下を歩いていると、外務長官が追いかけてきた。
「閣下、少しよろしいですか」
「なんでしょう」
「エリゼ様のことで、一つお伝えしたいことがありまして」
外務長官が声を落とした。
「婚約破棄の夜のことです。実はあの後、エリゼ様がどのような仕事をされていたかを少しずつ確認してまいりました。外交記録を遡ると、エリゼ様の手が入っている件が、思っていた以上に多かった。表には出ないやり方で——」
「……そうでしたか」
「正直に申しますと、私どもは何も気づいていませんでした。気づかなかったのは、エリゼ様が誰にも言わなかったからです。功績を主張することなく、淡々とやり続けておられた」
クロードは廊下の窓の外を見た。
「娘らしいことです」
低い声で言った。
「昔から、そういう子でした。誰かに認められることより、目の前の仕事を片付けることの方に、ずっと真剣で——」
声が詰まった。
「私も、気づいてやれなかった一人ですな」
その夜、クロードは書斎に座って手紙を書いた。
外は涼しかった。夏の終わりが、少しずつ近づいていた。
何度か書き直した。爵位格上げの話を先に書くべきか、それとも気持ちを先に書くべきか。何度も書いては丸めた。
結局、短くした。
表彰の知らせと爵位格上げのことを二行で書いてから、最後にこう添えた。
——お前は正しかった。辺境へ行くと言ったとき、私は止めようとした。しかし今ならわかる。お前は誰かのためではなく、自分のために動いていた。それが正しかったのだと、父はようやく理解した。誇らしい。本当に、誇らしい。
書いてから、クロードはしばらくその言葉を見ていた。
誇らしい、という言葉を娘に向けて書いたのは、初めてだった。侯爵家の令嬢として育てることに必死で、娘個人の姿を見る目が、自分にはなかったのかもしれない。
封をして、使者に持たせた。
辺境まで届くのに、五日かかる。
その頃には、娘はもう新しい仕事に取り掛かっているだろう。それでいい、とクロードは思った。
待っていなくていい。立ち止まらなくていい。
あの子はもう、自分の足で歩いている。
それがわかっているから、今は——安心して、誇らしいと思えた。
書斎の窓の外に、夏の夜空が広がっていた。




