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必死で尽くしてきた王子に婚約破棄されたので、自分のために生きることにしました  作者: 小林翼


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35/50

第35話

 アルフォンスとシャルロットの婚約解消が正式に発表されたのは、夏の初めだった。


 王城から出された公式の告示は短かった。「両者の合意により、婚約を解消する」——それだけだった。理由は書かれていなかった。しかし王都の貴族社会に、理由を知らない者はいなかった。


 社交界の茶会では、翌日から話題が変わった。



「あれほどの方を、あのような形で断罪するから」


「シャルロット嬢が外交の席で失言をされたと聞きましたわ」


「以前はエリゼ様がずっとお側にいて、何かあればすぐに処理されていたそうですよ」


「そうなの? まったく気づかなかったわ」


「陰でされていたからですもの。派手なことは何一つなさらなかったけれど、全部あの方がやっておられたのよ」


 女性たちの声が重なった。


「冷たく高慢、とおっしゃったのは殿下でしたっけ」


「ええ。あの夜会で、はっきりと」


「……今思えば、冷たいどころか、誰よりも動いていらしたのではないかしら」



 噂の変化は、廷臣たちの間でも起きていた。


 婚約破棄の夜に「可哀想に」と囁いていた人々が、今は違う言葉を使っていた。「あの令嬢は正しかった」「むしろ、よくあれだけ耐えていたものだ」「辺境で立派にやっているというではないか」——。


 エリゼが何をしたかも、じわじわと広まっていた。


 荒れ果てた辺境の農地を、植物魔法で緑に変えているという話。農民たちと共に泥まみれで水路を整えているという話。商人ギルドの工作を見抜いて、一人で証拠を集めたという話。


 どれも真実だったが、王都で語られると少し大きくなった。



 国王のもとにも、辺境からの報告書が届いていた。


 ヴォルフ伯領の農業生産量が半年で倍近くなったこと。廃れていた集落に人が戻り始めたこと。領民の生活水準が上がっていること——数字が並んだ報告書を、ヴィクトール王は執務室で黙って読んだ。


 それから国務長官を呼んだ。


「アルトワ侯爵家の件で、一つ決めたいことがある」


「はい、陛下」


「半年前の婚約破棄は、王家の側に軽率さがあった。エリゼ令嬢への処遇が不当であったことは、報告書を読めばわかる」


 王が書類を置いた。


「アルトワ侯爵家の爵位格上げを検討せよ。それと、辺境での功績に対する公式の表彰状を準備しろ」


「かしこまりました。アルフォンス殿下には——」


「後で私から話す」


 王は短く言って、次の書類に手を伸ばした。



 アルフォンスがその決定を知ったのは、翌日だった。


 父王の部屋を出てから、しばらく廊下に立っていた。


 爵位格上げ。公式の表彰。それはつまり、エリゼが正しかったという、王家としての正式な認定だ。エリゼが追放同然に辺境へ送られたことへの、遅すぎる修正だ。


 当然のことだ、とアルフォンスは思った。


 当然すぎて、何も言えなかった。


 廊下の窓から夏の空が見えた。辺境も今頃は夏だろう。農地はどんな色をしているのだろう。


 聞きたかったが、もう聞ける立場ではないことも、わかっていた。


 アルフォンスは廊下を歩き出した。書かなければならない謝罪の手紙が、机の上で待っていた。


 届くかどうかはわからなかったが、書かないよりはましだと思った。


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