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必死で尽くしてきた王子に婚約破棄されたので、自分のために生きることにしました  作者: 小林翼


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第32話

 アルフォンスがシャルロットと二人で話したのは、その週の終わりだった。


 庭園の東屋に呼び出した。彼女はいつも通り、明るい笑顔で来た。薄緑のドレスが春の光に映えて、誰が見ても美しかった。


「どうされたの、アル? 難しい顔をして」


 アルフォンスは答えをしばらく探した。


「最近のことを、少し話したかった」


「最近? あの晩餐会のこと? ごめんなさいね、あんなことを言ってしまって。でも本当に、知らなかったんですもの——」


「そうではない」


 遮るつもりはなかったが、声が出た。


 シャルロットが少し驚いた顔をした。



「お前は悪意があってやっているわけではない。わかっている」


 アルフォンスは慎重に言葉を選んだ。


「ただ——俺には、補佐が必要な仕事がある。外交の場での立ち回り、文書の処理、廷臣との関係の管理。それをお前に求めるのは、無理なことだとわかった」


「それは……」


 シャルロットの笑顔が、少し揺れた。


「私が、できていないということ?」


「できる、できないではなく——向いていないのだと思う。お前には別の得意なことがある。それは否定していない」


「でも」


 シャルロットが俯いた。その目に、涙の膜が張った。こういうとき、彼女は泣く。それが反則だとわかっていても、アルフォンスはいつも言葉を引っ込めてきた。


 しかし今日は、引っ込めなかった。



「このまま婚約を続けることが、お前にとっても良いことだとは思えない」


 言ってしまった。


 シャルロットが顔を上げた。


「……それは、どういう意味?」


「俺との婚約を、解消することを考えている」


 庭園に、沈黙が落ちた。


 鳥の声だけが遠くから聞こえた。シャルロットが唇を噛んだ。涙が一粒、頬を伝った。


「私のことが、嫌いになったの」


「嫌いではない。ただ——」


 アルフォンスは庭の向こうを見た。


 夜会の庭園を思い出した。白薔薇の香りの中で、エリゼが静かに礼をして立ち去った夜。あのときアルフォンスは、正しいことをしていると思っていた。重荷を下ろしたと思っていた。


 しかし今、その記憶は別の色をしている。


「俺が間違えていたのかもしれない、と、最近思う」


「……エリゼ様のこと?」


 シャルロットの声は小さかった。アルフォンスは答えなかった。


「ずっと、気になっていたの」


 シャルロットが続けた。


「エリゼ様が、私のために色々としてくれていたことは、薄々わかっていました。でも、頼りにしていたのに……ちゃんと言えなかった」


 初めて聞く言葉だった。


 彼女なりに、何かを感じていたのかもしれない。それを言葉にする習慣がなかっただけで。



「決めるのは今日でなくていい」


 アルフォンスは言った。


「ただ、話しておかなければならないと思った」


 シャルロットはしばらく泣いていた。アルフォンスは隣に座ったが、何も言わなかった。


 慰める言葉が、出てこなかった。


 庭の春風が、白薔薇の香りを運んできた。


 この香りをいつか好きになれるか、アルフォンスにはもうわからなかった。あの夜に、何かが終わっていた気がした。そしてその何かは、もう戻らない。


 シャルロットの泣き声が、春の庭に静かに溶けていった。


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