第31話
国王に呼ばれてから、アルフォンスの日々は変わった。
正確には、変わったのではなく——重くなった。朝、目が覚めると、今日処理しなければならない問題が頭の中に並んでいる。外務の補佐官からの報告、王妃からの要請、次の晩餐会の段取り、隣国への返書の確認。以前は誰かが整理して持ってきてくれた書類が、今は整理されないまま机に積まれていた。
シャルロットは、それを手伝わなかった。
悪意があるわけではないとわかっていた。彼女は本当に、そういう仕事が得意ではないのだ。数字を見ると頭が痛くなると言う。外国語の文書は読めない。外交の文脈も、貴族の序列も、覚えようとしてもすぐに忘れてしまうと、困ったように笑う。
その笑顔が、今のアルフォンスにはひどく遠かった。
廷臣の一人、老齢の外務長官が、ある昼に声をかけてきた。
「殿下、少しよろしいですか」
「なんだ」
「アルトワ令嬢のことで、一つ申し上げたいことがあり」
アルフォンスは足を止めた。
「……聞く」
「恐れながら、エリゼ様がおられた頃の外交記録を、先日改めて確認いたしました」
外務長官が続けた。
「昨年、隣国との国境問題が水面下で紛糾した際、エリゼ様が王妃様を通じて先方の王妃に私信を送り、問題が表面化する前に収めておられました。私どもが気づいたのは、事が収まった後でございます」
アルフォンスは黙っていた。
「その三ヶ月前には、使節団の接待で生じた誤解を、エリゼ様が翌日のうちに修正されていました。こちらも私どもは後から知った次第で」
「……なぜ今、それを」
「殿下がご苦労されているのを拝見して、申し上げるべきと思いました」
外務長官が深く頭を下げた。
「エリゼ様がされていたことは、表には出ませんでした。しかしなくなって初めて、その大きさがわかるものでございます」
夜、アルフォンスは一人で書斎に座っていた。
机の上には、未処理の書類が積まれていた。隣国への返書の草稿、来月の晩餐会の座席表、外交文書の翻訳依頼——どれも以前なら翌朝には整っていたものだ。
どうやって整えていたのか、聞いたことがなかった。
当たり前だと思っていたから。
アルフォンスはペンを持って、返書の書き出しを考えた。外交文書には決まった書式があるはずだが、細かい部分が思い出せなかった。以前は手元に清書されたものが来るだけで、書式を考えたことがなかった。
エリゼは、全部一人でやっていた。
それを「冷たく高慢だ」と切り捨てた。笑いを殺してシャルロットの失言を庇っているときも、深夜に文書を整えているときも——全部、義務としてやっていたのだと、今ならわかる。
好きでやっていたわけではなかったかもしれない。
しかし三年間、手を抜かなかった。
アルフォンスはペンを置いた。返書の書き出しが、一文字も書けなかった。
窓の外に、春の夜の闇が広がっていた。
辺境では今頃、何をしているのだろう。荒れた土地を緑にしているのだと、父王から聞いた。あの令嬢が土いじりをしている姿は、想像がつかなかった。しかしそれは、アルフォンスが彼女のことを何も知らなかったからだと、今は思う。
三年間、傍にいながら、何も見ていなかった。
それだけのことだ。遅すぎる、という言葉しか、今の自分には当てはまらなかった。




