第30話
王都の社交界は、噂が速い。
外交晩餐会の翌週には、シャルロットの失言は城の外まで広まっていた。茶会で語られ、夜会の隅で囁かれ、やがて形を変えながら貴族の屋敷を渡り歩いた。
アルフォンスはその噂の中に、もう一つの言葉が混じっていることに気づいた。
「以前は、エリゼ様がおられましたからね」
外務卿の補佐官が、廊下でそう言っているのを聞いてしまったのは、偶然だった。
「今回のような場では、エリゼ様が常にシャルロット嬢の横について、言葉を添えていらっしゃいました。昨年の隣国使節との会食でも、エリゼ様が話題を——」
アルフォンスが角を曲がって現れると、補佐官が口をつぐんだ。
「失礼いたしました、殿下」
「……続けろ」
「いえ、大した話では」
「続けろと言っている」
補佐官が視線を落とした。
「エリゼ様が常にシャルロット嬢の言葉を補っていた、という話でございます。陛下のお耳にも、その話は入っているようで——」
国王に呼ばれたのは、それから三日後だった。
謁見室に一人で通されたアルフォンスは、父王の前に立った。ヴィクトール王は還暦を過ぎたが、目だけはまだ鋭かった。その目が、息子を静かに見ていた。
「先日の晩餐会の件だ」
「謝罪の書状は既に——」
「書状のことではない」
王が言った。
「アルトワ令嬢のことだ」
アルフォンスは黙った。
「あの令嬢が辺境に行ってから半年が経つ。その間に、お前の周りで何件の外交的問題が起きたか、数えたことはあるか」
「……」
「私は数えた。四件だ。いずれも以前なら表面化する前に処理されていた類の問題だ」
王が椅子から立ち上がった。
「アルトワ令嬢は、何をしていたと思う」
「外交の補佐を」
「それだけか」
アルフォンスは答えられなかった。
「お前が気づいていなかっただけで、あの令嬢はこの城の相当部分を支えていた。廷臣の何人かが、私にそう報告してきた。今さら言うのも遅い話だが——」
王が窓の外を見た。
「婚約破棄は、軽率だったのではないか」
その言葉が、謁見室の石の壁に吸い込まれた。
アルフォンスは何も言えなかった。
反論する言葉がなかった。父王の言う通りだと、自分でもわかっていたから。
「下がれ」
それだけ言われた。
謁見室を出て、長い廊下を歩きながら、アルフォンスは春の光が差し込む窓を見た。
エリゼは今、何をしているのだろう。
辺境で——荒れた土地の中で——どうしているのだろう。
それを知らないまま、「冷たく高慢だ」と断じた。
遅すぎる後悔が、廊下の春の光の中で、静かに積もっていった。




