第28話
マルタの娘に、赤ちゃんが生まれた。
知らせが城に届いたのは、早朝だった。マルタが息を切らして走ってきて、玄関でゲルハルトに「生まれた、生まれた」と繰り返した。元気な男の子だという。
その日の昼過ぎには、農村の広場に自然と人が集まっていた。誰かが酒を持ってきて、誰かが料理を持ち寄った。収穫祭のときとは違う、もっと小さくて温かい、家族の宴だった。
エリゼとリーナも呼ばれて出かけた。
赤ちゃんを抱かせてもらった。
小さかった。驚くほど小さくて、温かかった。ぎゅっと握った小さな拳が、エリゼの指に触れた。
「かわいい」
思わず声が出た。マルタが「でしょう」と自分のことのように誇らしい顔をした。
宴が進むにつれて、子どもたちが集まってきた。三人、五人、七人——農村の子どもたちが、いつの間にかエリゼの周りに集まっていた。
「エリゼ様、お花!」
「お花、咲かせて!」
「寒いから、温かい花がいい!」
「温かい花というものは、ないわよ」
エリゼが笑いながら立ち上がると、子どもたちが歓声を上げて走り出した。
広場の片隅、雪が解けて土が出ている場所に向かった。そこに手をあてて、魔力を流す。冬の土は固く、眠っているが、やさしく呼びかければ応えてくれる。
小さな黄色い花が、いくつも咲いた。
子どもたちが「わあ」と叫んで、花の中に飛び込んできた。エリゼも一緒に座り込んだ。花を摘もうとした子が転んで、泥がエリゼのスカートに飛んだ。別の子が花を頭に載せようとして、もみ合いになった。笑い声と叫び声が混じった。
気づいたら、エリゼも泥だらけになっていた。
リーナが遠くで「奥様……」と呻いているのが見えたが、今はそれどころではなかった。
その光景を、少し離れたところから見ていた人がいた。
レイナルトだった。
ゲルハルトと並んで、広場の外に立っていた。子どもたちに引っ張られて泥まみれになりながら笑っているエリゼを、静かに見ていた。
エリゼが子どもの一人を抱き上げて、くるりと回った。子どもが笑い声を上げた。
そのとき。
レイナルトの顔が、ほぐれた。
目が細くなって、口元が上がって——本当に、笑った。声もなく、ただ顔だけで、しかしそれは紛れもなく笑顔だった。
エリゼが顔を上げたとき、視線がぶつかった。
一瞬、エリゼは動きを止めた。
笑っていた。レイナルトが、笑っていた。
「……笑った」
思わず呟いた。
レイナルトが気づいた。即座に表情を消した。しかし遅かった。エリゼには全部見えていた。
「見るな」
ぶっきらぼうに言った。
「見てしまいました」
エリゼは泥まみれのまま、真剣な顔で言った。
「とても素敵でした」
レイナルトが固まった。
それから——耳が、じわじわと赤くなった。首まで赤くなった。珍しいことに視線が定まらなくなって、レイナルトはゲルハルトに一言「帰る」と告げて、さっさと広場を出ていった。
ゲルハルトが振り返って、エリゼを見た。
その顔に「やりましたね」と書いてあった。
エリゼは泥だらけの手で口を押さえた。
笑いをこらえているのか、照れているのか、自分でもわからなかった。頬が熱かった。
隣で女の子が「エリゼ様、どうしたの」と聞いてきた。
「なんでもないわ」
エリゼは答えて、また花を咲かせた。
しかし今日の花は、いつもより少し多く、少し鮮やかだった気がした。




