第22話
旅商人の目撃情報が、川沿いだけでなく、領地の南端の集落にまで広がっていることがわかった。
エリゼが集めた情報を地図の上に並べると、商人の動線が見えてきた。南から入り、川沿いを北上して、東の集落を回ってから消える。同じルートを、月に二度ほど繰り返している。
「次に来るのは、おそらく三日後です」
エリゼが地図を指しながら言うと、ゲルハルトが腕を組んだ。
「南の入口で待ち伏せれば、捕まえられます」
「ただ捕まえても、証拠にはなりません。誰の指示で動いているかを確かめないと」
「では尾行します。私が一人で行きます」
レイナルトが「一人は危険だ」と言いかけたが、ゲルハルトは「目立たない格好でやれます」と押し切った。
三日後の朝、ゲルハルトは商人の外套を借りた変装で南の街道へ出た。
正午を過ぎても戻らなかった。
夕方になっても戻らなかった。
城の中の空気が変わった。レイナルトが玄関の前を何度も往復した。エリゼは地図を広げたまま、ゲルハルトが消えた方角を見ていた。
夜になって、ようやく馬の音がした。
ゲルハルトが戻ってきたとき、外套は破れ、右腕に布が巻かれていた。顔に泥がついていた。
「ゲルハルトさん!」
「……ご心配をおかけしました」
馬から降りようとして、よろけた。レイナルトが無言で肩を貸した。
厨房に運んで、腕の手当てをした。傷は深くはなかったが、刃物で切られた跡だった。
「商人を尾行して、南の廃小屋まで追いました。しかしそこに、もう二人いた。三人に囲まれて、逃げるのがやっとで」
「無事で良かった」
エリゼが言った。ゲルハルトがばつが悪そうに目を逸らした。
「情報は取れましたか」
「少しだけ。奴らは隣国の商人ギルド——ヴェルナー組の手の者だということがわかりました。しかし詳細は聞き出せなかった」
「ヴェルナー組」
レイナルトが静かな声で言った。
「かつてこの領の農産物を買い占めていた商人ギルドだ。土地が豊かになれば、自分たちの買い叩きができなくなる」
「では、動機は明確ですね」
エリゼは地図に視線を落とした。
「廃小屋の場所、教えてください。明日、私が行きます」
ゲルハルトとレイナルトが同時に「だめだ」と言った。
「危険です」とゲルハルト。
「一人では行かせない」とレイナルト。
「一人では行きません」
エリゼは二人を見た。
「ただ、騎士を連れていくと相手は逃げます。私一人の方が、警戒させずに近づける。聞き耳を立てる方法も、一つ考えがあります」
レイナルトが「方法とは」と聞いた。
「植物魔法を使います。蔓を伸ばして、建物の外から会話を拾えないか試してみます」
二人が黙った。
「聞き耳の蔓です。上手くいくかどうかわかりませんが、やってみる価値はある」
「……」
「心配なら、遠くから見ていてください。でも近くには来ないでください」
レイナルトがしばらくエリゼを見ていた。
それから、低く言った。
「わかった。ただし、何かあれば——」
「すぐに合図します」
エリゼは頷いた。
窓の外は暗かった。廃小屋の方角の空に、星が出ていた。




