第21話
異変に最初に気づいたのは、エリゼだった。
収穫を終えた秋の終わり、農民たちの様子がおかしくなった。
最初は小さなことだった。いつも一緒に作業していたマルタの集落の男たちと、川沿いの農家の男たちが、顔を合わせても挨拶しない。打ち合わせに呼んでも、同じ場にいようとしない。
マルタに「何かありましたか」と聞くと、老農婦は渋い顔をして言った。
「川沿いの衆が、変なことを言い出してね」
話を聞いて、エリゼは眉を寄せた。
川沿いの農家に、こんな話が広まっているという。「エリゼ様が植物魔法で土地を改良しているのは、将来的に農民から土地の権利を奪うための布石だ」「名誉顧問という肩書きは嘘で、本当は王都の貴族が辺境の土地を横取りしようとしている」——。
「誰がそんな話を」
「知らない旅商人から聞いたと言ってたよ。一月ほど前から、何度か現れているらしいんだ」
エリゼはしばらく黙って考えた。
農民が不安を覚えるのは理解できる。よそから来た貴族令嬢が急に土地を改良し始めたら、裏に何かあると疑う気持ちは自然だ。しかし「土地の権利を奪う」という話は、あまりに具体的すぎた。誰かが意図を持って流しているように聞こえた。
その日の夕方、エリゼはゲルハルトに話した。
「農民間で、こういう噂が流れています」
ゲルハルトの顔が険しくなった。
「旅商人が何度か」
「一月ほど前からだそうです。川沿いを中心に、複数の農家に接触しているようで」
「……領外の者が、意図的に流している可能性がありますね」
「私もそう思います」
ゲルハルトが腕を組んだ。
「辺境の農地が回復し始めたことは、周辺にも知れ渡っています。利権を持つ者にとっては、脅威になりえます」
「隣国の商人ギルドあたりでしょうか」
「可能性はあります。以前から、この地の物産を安く買い叩いていた連中がいましたから」
二人はしばらく向かい合って考えた。
「まずは農民たちに話を聞きます」
エリゼが言った。
「噂の出所を辿れば、旅商人がいつ、どこで、誰と接触したかがわかるはずです」
「一人で動くのは危険です」
「最初は一人の方がいい。農民たちは今、貴族に不信感を持ちやすい状態です。騎士を連れていくと、余計に警戒させてしまう」
ゲルハルトが不満そうな顔をした。しかし反論はしなかった。
翌日から、エリゼは川沿いの農家を一軒ずつ回った。
噂を信じているかどうかにかかわらず、まず顔を出して、一緒に畑を見て、今の土の状態を話し合った。仕事の話をしていると、人は少しずつ本音を話してくれる。
三軒目の農家で、若い農夫がぽつりと言った。
「旅商人が言ってたんですよ。エリゼ様は親切そうに見えて、本当は王都の金持ちに頼まれてここに来てるんだって」
「そう聞いたんですね」
「……信じてるわけじゃないけど、なんか気になって」
「正直に話してくれてありがとう」
エリゼは言った。
「その商人は、どんな人でしたか」
農夫が思い出しながら答えた。茶色い外套、四十代くらい、左手に大きな指輪、二頭の馬を引いていた——。
エリゼはそれを全て書き留めた。
五軒を回り終えて城に戻ると、夕暮れになっていた。
玄関でレイナルトが待っていた。
「どうだった」
「話の出所が少しずつ見えてきました。商人の特徴もわかりました」
エリゼがノートを差し出すと、レイナルトが受け取った。読みながら顔が硬くなった。
「意図的な工作だ」
「そう思います。ただ、まだ証拠がありません。もう少し調べます」
レイナルトがノートをエリゼに返しながら、短く言った。
「無理はするな」
その一言が、命令ではなく心配に聞こえた。エリゼは「はい」と答えて、城の中へ入った。




