第18話
宴の後片付けは、農民たちが帰り始めた頃から始まった。
テーブルに残った器を集め、酒樽を倉庫に運び、広げた敷き物を畳む。農民の女たちが手伝ってくれていたが、子どもを連れている者も多く、エリゼは「先に帰ってください」と声をかけた。
一人で黙々と作業していると、近づく足音がした。
振り返ると、レイナルトだった。
無言で、器の積まれた木箱を持ち上げた。
「……手伝ってくださるんですか」
「倉庫はこちらでいいか」
返事の代わりに歩き出した。エリゼは少し笑って、敷き物を抱えて後に続いた。
二人で黙って作業した。
夕陽はすでに沈んでいて、空の端が紫色に染まっていた。虫の声が遠くから聞こえた。王都では聞いたことのない虫の音だった。辺境の夜の始まりの音だ、とエリゼは思った。
「今日の宴、農民たちが喜んでいた」
レイナルトが言った。
「はい。マルタさんが泣くくらい」
「お前が踊っていた」
「見ていたんですね」
「……見えた」
短い答えだった。エリゼはそれ以上は聞かなかった。
器を倉庫に運び終えて、最後の片付けに戻った。
レイナルトが木箱を重ねている。エリゼが敷き物の端を折り畳む。動線が交差して、自然に並んで作業するかたちになった。
「王都には、戻りたいか」
レイナルトが唐突に言った。
エリゼは手を止めた。
この問いを、レイナルトはたびたびする。最初に聞かれたのは、父からの手紙が届いたときだった。その次は、辺境の名声が広まり始めた頃。今夜で三度目だ。
毎回聞く、ということは——毎回、答えを確かめたいのだろう。
「今は、ここにいたいです」
エリゼは答えた。
レイナルトが少し間を置いた。
「……そうか」
たった二文字だった。しかしその「そうか」は、いつもより少し重かった。安堵のような、何かが緩んだような——言葉の重さがあった。
作業の終わりに、二人が同時に同じ木箱に手を伸ばした。
指が触れた。
一瞬だった。エリゼが少し先に気づいて、手を引いた。
「すみません」
「いや」
どちらも、何事もなかったように次の作業に移った。
しかしエリゼの心臓は、妙な跳ね方をしていた。
触れたのは一瞬で、大した出来事ではない。なのに、指の先の感触がなぜか残っていた。レイナルトの手は、想像通り——いや、想像したことなどなかったのに——武骨で、少し冷たくて、硬かった。
これは……なんだろう。
エリゼは心の中で首を傾げた。答えは出なかった。
全ての片付けが終わった。
城へ向かう夜道を、少し間を空けて並んで歩いた。レイナルトは無言で、エリゼも黙っていた。しかし今夜の沈黙は、最初の頃のものとは全く違った。
重くない。息が詰まらない。ただそこに、二人分の時間が流れているだけだった。
城の門をくぐるとき、レイナルトが言った。
「今夜はご苦労だった」
「いいえ、楽しかったです」
エリゼが答えると、レイナルトがわずかに頷いた。
それぞれの部屋へ向かう廊下で、二人は別れた。
自室の扉を閉めてから、エリゼはしばらく扉に背を当てていた。
胸のざわざわが、まだ続いていた。
今夜は、また眠れなくなりそうだ、とエリゼは思った。




