第19話
辺境に来て三ヶ月が経つ頃には、エリゼの植物魔法は別物になっていた。
最初の頃は、小さな草の芽を吹き出させるのに集中が要った。それが今では、大きく深呼吸するように、自然に魔力が流れていく。意識しなくても、土に触れれば魔法が動く。
先週、領地の北端に立っていた枯れ木を試しに調べてみた。幹が干からびて、すでに死んでいると思っていた大木だった。しかし両手を当てて魔力を送り込むと、翌朝には細い枝の先に、小さな芽が吹き出していた。
農民たちが騒いだ。ゲルハルトが「これは……」と絶句した。
エリゼ自身も、少し驚いていた。
そんなある日、城の前の街道を旅人が通りかかった。
年のころ四十ほどの男で、大きな荷物を背負い、腰に魔法使いの証である銀の留め具をつけた外套を着ていた。城を見上げてから、エリゼを見た。
「失礼ですが、少しよろしいですか」
男が近づいてきた。
「私、王都の魔法学院で魔力測定を専門にしている者です。各地を巡って魔力の調査をしているのですが——」
男がエリゼのほうをじっと見た。
「あなたから、非常に強い植物魔力の気配がします」
「はあ」
「測定させていただいてもよいですか。学術的な興味として」
ゲルハルトが「怪しい人物では」と横から言ったが、男が取り出した魔法学院の証明書は本物に見えた。エリゼは「構いません」と答えた。
男が鞄から水晶の測定器を取り出した。エリゼの手のひらの上にかざすと、水晶がみるみる光り始めた。白から青へ、青から金へと色が変わっていく。金色になった時点で男が固まった。
「……金色は、Sランクの反応です」
「そうですか」
「しかもまだ上昇しています。Sランク以上……これは」
男が水晶をじっと見てから、エリゼを見た。
「あなた、なぜ今まで封印していたんですか」
「封印、というほどではないのですが」
エリゼは少し苦笑した。
「令嬢に相応しくない、と言われて。ずっと使っていませんでした」
男の顔が、みるみる変わった。
「令嬢に……相応しくない?」
「はい」
「この魔力が?」
「そう言われていました」
男が天を仰いだ。
「もったいない! なんということを!」
ゲルハルトが驚いて後ずさった。
男の話によると、植物魔法のSランク以上は、数十年に一人出るかどうかという稀少な素質だという。土壌を改良するだけでなく、枯れた大地を緑野に変え、枯渇した水脈を呼び起こし、病んだ森を癒す力を持つ。
「あなたのような方が、何年も封印して……」
男がまだ頭を抱えている。
「でも今は、使っています」
エリゼは言った。
「ここでは、全部使っていいので」
男が顔を上げた。
「そうですか。それは——良かった」
心から言っているような声だった。
その夜、自室でエリゼはしばらく手のひらを見ていた。
Sランク以上。そんな力が、自分の中にあったとは知らなかった。いや、正確には——知らなかったのではなく、知ろうとしなかったのかもしれない。
私はずっと、必要とされる部分だけを差し出してきた。
王子の婚約者としての立場。侯爵令嬢としての振る舞い。求められる範囲の中だけで生きてきた。その外にあるものを、自分から切り捨ててきた。
でもここでは違う。
土を触れば魔法が動く。農民が喜ぶ。枯れた木が蘇る。誰も「相応しくない」とは言わない。
全部使っていい。
ここでなら、全部使っていい。
手のひらの上に、小さな光が宿った。それを見つめながら、エリゼは静かに、深く、息を吐いた。




