第14話
ゲルハルトに呼ばれたのは、水路整備の打ち合わせが終わった直後だった。
「エリゼ様、少しよろしいですか」
副官の顔は、いつもと違う種類の真剣さをしていた。試すような、それでいて少し申し訳なさそうな——複雑な表情だった。
「領内に、ドルン村という集落があります」
「はい、地図で確認しています。東の丘の向こうですね」
「そこの村長が——頑固な方でして」
ゲルハルトが言葉を選びながら続けた。
「この度、領内の水利組合を再編することになりました。全集落に参加してもらいたいのですが、ドルン村だけがどうしても首を縦に振らない。組合に入れば水の配分が安定するのに、村長が『余所者に水を管理されたくない』の一点張りで」
「それで?」
「エリゼ様に、説得に行っていただきたいのです」
エリゼは少し考えた。
「一人でですか」
「はい。……一人で、行けますか」
その問いの中に、もう一つの問いが隠れているのをエリゼは感じた。
これが試練だ、とわかった。ゲルハルトはまだエリゼを見定めている。口で何を言っても、一人で問題を解決できなければ意味がない。それを確かめたい。
「わかりました。行ってきます」
「……もし、うまくいかなければ」
「結果でお見せする、と最初に申し上げましたよね」
エリゼは微笑んだ。
「できなければ、その時はその時です」
翌朝、エリゼは一人で馬に乗ってドルン村へ向かった。リーナは城に残した。
丘を越えると、小さな集落が現れた。十数軒の家が固まっていて、中央に広場がある。ドルン村の人々は、よそ者を見る目で一様にエリゼを見た。
村長の家を教えてもらって、訪ねた。
出てきたのは七十がらみの老人だった。背が低いが、目の鋭い、いかにも頑固そうな顔をしていた。名をグスタフという。
「水利組合の件で参りました。エリゼ・フォン・アルトワと申します」
「知ってる。王都から来たお嬢さんだろう」
グスタフは招き入れることもせず、戸口に立ったままだった。
「断る」
「まだ何も申し上げていませんが」
「言われなくてもわかる。水の管理を組合に渡せということだろう。うちの村の水は、うちで守る。百年前からそうしてきた」
「百年前と今とでは、水路の状況が違います。上流が詰まれば下流まで影響が出る。組合で管理すれば——」
「それはわかっとる」
グスタフが遮った。
「わかっとるが、嫌なんだ。余所者に口を出されるのが」
エリゼは少し黙った。
強引に説得しようとすれば、余計に頑なになる。この老人は言葉で動く人ではない、と感じた。
視線が、グスタフの背後の畑に流れた。
荒れていた。土が乾ききって、ひびが入っている。作物の跡はあるが、ほとんど育っていない。水が足りないのか、土が痩せているのか——おそらく両方だ。
「少し、畑を見せていただいてもよいですか」
グスタフが眉を寄せた。
「何のために」
「気になることがあるので」
老人は渋い顔のまま、黙って脇に退いた。
エリゼは畑に入った。
土を手に取る。予想通りだった。酸性が強く、水持ちが悪い。鉱山の影響が、この村にまで及んでいる。
エリゼは跪いて、両手を地面に当てた。
「何をする」
「少し待ってください」
魔力を流した。じわじわと、土の層に沿って。
しばらくして、畑の一角から緑が吹き出した。枯れていた土が柔らかくなり、草の芽が次々と顔を出す。グスタフが息を飲む音がした。
「……なんだ、これは」
「植物魔法です」
エリゼは立ち上がった。
「この土は改良できます。水路が整えば、来年からちゃんと育ちます」
グスタフがしばらく、魔法で蘇った土を見つめていた。その顔から、少しずつ頑固さが溶けていった。
「こんな魔法は……見たことがない」
「一緒にやりましょう」
エリゼは言った。
「私も、この地が好きになってきたので。あなたの村の畑も、緑にしたいんです」
老村長が、初めて笑った。
深い皺の間から、子どものような、照れくさそうな笑顔だった。




