8話 許可②
この世界の常識として、普段から過酷な治安維持や力仕事を行っている女性に対して、蝶よ花よと甘やかされて育った運動音痴の男性が力で勝てることなど、万に一つもあり得なかった。
ましてや14歳の、まだ肉体が未発達なはずの男の子が、鍛え抜かれた大人の武闘派メイドに敵うはずがないのだ。
家族としては、メイド長に軽くあしらってもらい、
「やっぱり外は危ないね、お姉ちゃんたちと一緒に居ようね」
と、可愛く部屋に引き下がってもらうための、優しい方便のつもりだった。
だが、ユピテの中身である俺は効率厨ゲーマーであり、レベルもすでにレベル300(本人は本編のストーリーを進められる、レベル70くらいかなと誤認)に達していた。
【side ユピテ】
ゲーム的に「これ、勝ったら外出フラグが立つイベント戦だな」と解釈した俺は、臆するどころか、世界ランキング1桁に君臨していたトップランカーとしての絶対的な自信を胸に、不敵な笑みを浮かべた。
相手がプログラムである以上、完璧なフレーム管理の通りに動けば、技を失敗するなどあり得ない。
対峙する、銀髪ポニーテールが凛々しいヴァルハイト家のメイド長――ヒルダは、まさに戦闘モードとしての凄まじい覇気を放っていた。
衣服の上からでも分かる、はち切れんばかりに豊かな双丘を黒いメイド服の布地に押し込め、タイトなスカートのスリットからは、絶対領域を露わにしたしなやかな太ももが覗いていた。
そんな屋敷きっての武闘派メイドが、今、本気で年下の少年である俺に向かって踏み込もうとしていた。
「いきます、ユピテ様!」
試合が始まった。
ヒルダが鋭烈な踏み込みから、後遺症が残らない様に絶妙に手加減された、だが強烈な一撃を放ってきた。
その瞬間、俺は攻撃がヒットする直前の、わずか1フレームの隙を完璧に見切った。
基本にして至高のカウンター初期スキル――受け流し。
前世で何万回と繰り返してきた、ただのタイミングを合わせるだけの簡単なお仕事だ。
激突する寸前、突進してくる彼女の拳の横へとスッと指先を一つ添え、呼吸を合わせるようにして魔力を一瞬だけ集中させた。
プレイヤースキルによる完璧なタイミングによって、メイド長が放った突撃のエネルギーのベクトルは、そのまま斜め後方へと綺麗に反転させられていた。
俺の眼前で、ヒルダの豊かな胸元が衝撃の余波でボインと大きく弾み、激しいステップによってひるがえったスカートの裾から、極上の三角地帯が眩いばかりに覗いていた。
俺自身はダメージを一切受けることなく、まさに指先一つで、突撃してきたメイド長を床に優しく滑らせるようにして転がしてみせた。
文字通り、一瞬の出来事だった。
【side ヒルダ】
床に転がされた私は、琥珀色の瞳を限界まで見開いたまま、ただ呆然と天井を見上げていた。
(……嘘、でしょ?)
私が、負けた?
この私が、指先、たった一本で……!?
手加減をしていたとはいえ、私は王都の王立ヴェルサリア魔導学園の機甲・魔導戦術科を首席で卒業した身。
由緒正しき子爵家の三女としての誇りを胸に、ヴァルハイト家の護衛を任されてからも、一日たりとも鍛錬を怠ったことなどない。
そのガチガチの武闘派である私の突進が、半年前まで運動音痴のわがまま坊ちゃんだった、わずか14歳のユピテ様に、触れられたことすら気付かないほどの速度でいなされた。
何より、私の肌に触れたユピテ様の指先が、あまりにも優しく、そして熱かった。
元々、ここ最近のユピテ様は異常だったのだ。
以前の横暴さが嘘のようになりをひそめ、私たち使用人にまで優しく接してくれるようになり、あまつさえ、
「ヒルダは今日も綺麗だね。……あ、その重いバケツ、俺が持とうか? お仕事手伝わせてよ」
「ヒルダは何を着ても似合うんだろうなぁ。……っていうか、その銀髪ポニテといい、この凛とした雰囲気、マジで最高すぎるな……」
などという、この世界の女性が全財産を投げ打ってでも男性に懇願したい、至高の愛の言葉を、毎日のように無防備に浴びせてくるのだ。
それだけではない。
当の本人は紳士を装って悟らせないよう必死に澄ました顔をしているが、会話の合間、私の胸元や太もも、お尻へチラチラと向けられる熱い視線はまるわかりだった。
(ああ……っ! あまり見ちゃいけないと思いつつも、男の子の本能に抗えず私の身体を盗み見てしまうだなんて……っ!!)
さっきの戦闘だってそうだ。
指先一本で優しく私を転がした直後、床に倒れ込んだ私のスカートの中を、ユピテ様はこれでもかというほどしっかりと見つめていた。
(……だめ。思い出したら顔から火が出そう)
だが、あの年相応でウブな視線が、私の胸に刺さりまくって――かえって愛おしさが爆発しそうになるのだ!
私に興味津々なのが隠しきれていないユピテ様が、あまりにも尊すぎて愛おしい……っ!!
(※当のユピテにとっては、「転倒モーション時のスカートのめくれ方とパンチラ演出、CG班の熱意がバグレベルで凄まじいな……」と純粋に物理演算の精度に感銘を受けていただけである)
そんな至高の男性であるユピテ様が、秘めていた本物の力を、今、私の特等席で見せつけてくださったのだ。
(――あぁ、この御方には、天地がひっくり返っても絶対に敵わない)
脳髄まで痺れるような絶対的な敗北感。
そして次の瞬間、私の本能という本能が、激しい津波となって一気に押し寄せてきた。
この強くて、気高くて、美しすぎるオスの子を孕みたい。
この御方の遺伝子が欲しい。私を、ユピテ様のメスにしてほしい――!
胸の奥から湧き上がった情念が、一瞬で天元突破する。
あまりの尊さと、遺伝子レベルの興奮に全身がガタガタと震えて止まらない。
まともな思考は完全に消し飛び、床にへたり込んだまま、私は壊れたラジオのように、脳内で淑女マナーのバグコードを暴れ狂わせるのが精一杯だった。
声にならない喘ぎを漏らす私の隣では、ステラ様も、ルナ様も、フィア様も、
「ユピテ(お兄様)が、圧倒的な本物のオスの力に目覚めてしまった……!」
と、あまりの尊さに頬を真っ赤に染め、内股のまま床に崩れ落ちていた。




