7話 許可①
俺は自室の姿見の前で、新調した黒い上着の襟を正した。
鏡の向こうには、程よく引き締まった完璧なシルエットが写し出されていた。
痩せて露わになった本来の端正な顔立ちも、半年という歳月を経て、少年の危うさと大人の色気が同居する、我ながら二度見するレベルの美貌へと完成を遂げていたのだった。
これぞ、一日も欠かさず最強のチートデイリーメニューを狂ったようにやり続けた成果だった。
ただ、この半年間で、自分の正確なレベルだけは最後まで確認することができなかった。
前世のゲームであれば、画面の隅をタップすればいつでも詳細なステータス画面を開くことができた。
だが、この世界ではどれほど念じても、空間を指で叩いても、あの見慣れたウィンドウがポップアップする事はなかったのだった。
(まぁ、主人公しかステータス画面を呼び出せない仕様なんだろうな。俺はモブだし、その機能が使えないのも納得だわ)
俺自身はそう結論づけ、深く気に留めてはいなかった。
前世のゲームの仕様通りであれば、新規プレイヤー向けの超効率デイリークエストによる経験値アップキャンペーンは、最初の1回をやり始めてから、きっちり1ヶ月で終了するはずだった。
そのため、俺の脳内シミュレーションでは、
(新規ブーストが切れた後はまったり上がって……まぁ、今のレベルは70くらいだろうな)
と、かなり現実的な見積もりを立てていたのだった。
◇
だが、ユピテは未だに気づいていなかった。
ここはゲームに酷似しているだけの、本物の現実世界。
あのデイリークエストは、莫大な魔力を使用する神域の修行そのものだったのだ。
本人はお気楽な暇つぶしのミニゲーム感覚で、一日に何度も何度もデイリークエストをループし続けた。
その結果、ユピテのステータスは本人の予想を宇宙の彼方まで置き去りにして、すでにレベル300を余裕で突破していた。
レベル300。
それは前世のゲームにおける、廃課金勢ですら数年はかけて到達する領域だった。
基礎スペックだけで言えば、今すぐ世界を滅ぼしに来る魔王の軍勢を一人で全滅させ、そのまま世界を救えるレベルの、人間の枠を超越したバケモノに仕上がっていたのである。
そんな世界のパワーバランスを知らず知らずのうちに崩壊させた張本人が、なぜ半年もの間、この狭い男爵邸に引きこもっていたのか。
理由は単純明快で、自分の正しいレベルを把握していないうえに、家族からも「外はあまりにも危険すぎる」と、猛反対されて来たせいだった。
(まあ、そりゃそうだよな。マナ・クロニクルの戦闘難易度は、油断してると道中の雑魚敵にすら、ワンパンで全滅させられる事もある超絶マゾゲーだし。
運営の悪意が詰まったトラップやイベントシンボルが、安全地帯である街の周辺を虎視眈々と舌なめずりしながら徘徊しているのかもしれない。
レベル70程度だと、家族が心配するのも無理はないわ)
ユピテは脳内でソシャゲ運営への強い警戒心と被害妄想を理由に納得していた。
だが、実際のところ、家族が恐れていた、外の危険の正体は、街の周辺にいるモンスターなどでは断じてなかった。
外の治安が悪いと言った真の理由は、飢えた肉食獣のように男を狙う、美少女や美女が街中に溢れ返っているからに他ならなかった。
しかし、家族は当然、ユピテも、男が襲われるという常識を知っていると思い込んでいるため、わざわざ言葉に出して説明しなかった。
そしてユピテは男女比『1:200』の設定の本質を綺麗さっぱり忘れているため、「レベルが上がっても、相性が悪い敵に出会ったら一撃死するから危ないよね。死んだらそのままゲームオーバーになる可能性もあるし、命大事にで行こう」くらいにしか思っていなかった。
この時点ですでに、ヴァルハイト家のコミュニケーションには致命的なすれ違いが生じていたのである。
では、そんな鉄壁の過保護体制を敷いていた家族が、なぜ今回、ユピテの外出を許可したのか。
それは、彼女たちが提示した、『護衛であるメイド長に組手で勝てたら、外に出てもいい』という、絶対に不可能なはずのクリア条件を、ユピテが文字通り力で粉砕してしまったからだった。
◇
半年を大人しく屋敷の敷地内だけで過ごしたユピテは、さすがにゲーム知識を活かした金策や推し活への欲求が限界に達してしまい、毎日のように家族へ「外に出たい」とねだるようになっていた。
前世のアラフォーおっさんとしての魂を持つ彼は、紳士的に頼んでいるつもりだった。
だが、現在のユピテの、物語の王子様のような美貌から放たれる上目遣いの懇願は、家族にとっては可愛くも凶悪な暴挙でしかなかった。
日ごとに威力が増すユピテの愛らしいおねだりに、母ステラも、姉ルナも、妹フィアも、ついに精神的な限界を迎えたのだった。
「これ以上あの子のお願いを断り続けたら、私たち可愛いユピテに嫌われてしまうわ。そんなの絶対に耐えられない……!」
夜な夜な胸を締め付けられる思いで過ごし続けた家族達は、ユピテを傷つけずに諦めさせるための、絶対に不可能な最終防壁を提案するに至った。
「ユピテ、そこまで言うなら……我が家の護衛であるメイド長のヒルダに組手で勝てたら、外に出るのを許可してあげるわ」
それが、彼女たちの提示したクリア条件だった。




