6話 男女比②
男性の見た目や、性格の悪さ。
それらも決して本人たちだけの責任ではなく、社会構造の責任であり、男性はある意味被害者とも言えた。
だが、この世界の女性たちの常識もまた、この過酷な現状によって完全に麻痺していたのだ。
彼女たちは――。
「男は傲慢で当たり前」
「男は肥満で当たり前」
「男には貢いで当たり前」
と思って育っている。
そのため、自分が血を吐く想いで頑張って稼いだお金を貢ぎ、男性の好意を勝ち取ることに、何の疑問も抱いていなかったのだった。
――そして、そんな歪んだ常識の最たるものが、彼女たちが幼少期から徹底的に叩き込まれる、絶対的な淑女マナーだった。
あまりにも貴重になってしまった男性を喜ばせ、かつ肉食獣のような自分たちの激情で男性を恐怖させないために――。
女性たちは男性の前で使うべき公式の定型句をマナーとして広く教育されていたのだった。
例えば、ヴァルハイト家の面々やメイドたちが連呼していた「好感度が、限界突破しています……!」という言葉。
ユピテはそれを、単なるシステムメッセージの読み上げバグだと思い込んでいた。
だが、この世界における本当の意味は、『私の命は貴方のモノです』という、愛と絶対忠誠を誓う最大級の告白だった。
これは男女の愛だけでなく、家族愛や主従の絆としても使われる、究極の親愛の証だった。
一方で、同じように使われる「イベントフラグが立ちました」は、完全に男女間の運命の求愛に特化した言葉だった。
男性が極端に少なく、選ばれなければ人工授精が当たり前の世界において、『あなた以外の男の遺伝子は、絶対に受け入れません』という、特定の男性を唯一無二の伴侶としてロックオンしたことを示す、一世一代の重い宣言だったのだ。
そして、最上級の敬意を表す「感情の処理ができません……!」
これも、『あなたが尊すぎて、気持ちが溢れ出てしまいます』と言う、すべては男性を立てるために社会に定着したありふれた日常フレーズだった。
さらに、この世界には貞操観念逆転世界という、女性がエッチなことに精力的で、過激な色気が漂っているだけに、男性を誘惑するための、最高峰のモテ仕草(公式マナー)まで標準搭載されていた。
『どんな羞恥プレイをされても喜んで受け入れます』という意味になる――「セキュリティレベルがゼロになりました」
『お金ならいくらでも払うから私を抱いてください』という意味になる――「課金制限を解除します」
処女の女の子が『どうかあなたの手で初めての夜の快感を教えてください』と願う――「テストプレイを開始してください」
これら以外にも、様々なエッチなお誘いや、行為中に使われる公式マナーのフレーズが、淑女の嗜みとして広く教育されていた。
この世界の女性たちは本物の男性を前にして理性を失いそうになると、パニックを隠して淑女としての体面を保つために、これらの公式マナーのフレーズを必死に、あるいは自動的に口にしてしまう習性があったのだった。
つまり、女性たちは、常にそこまで深い飢餓感と、剥き出しの肉欲をマナーの裏に隠し持っているということでもあった。
そんな、女性側が真に男を求め、飢え乾いている世界においては――。
先述したような、我が儘で不潔なクズデブか、精神を病んだクズデブという絶望的な男側のラインナップですら、引く手あまたの社会となっていた。
その中で、今、ユピテという少年の身に起きている変貌が、どれほどの世の女性にとって天変地異であるかは想像に難くないだろう。
しなやかに引き締まった程よい筋肉と、痩せたことで本来の甘いマスクを取り戻した、さわやかな外見。
さらに前世の社畜時代に叩き込まれた、女性を不快にさせないための気遣いと清潔さ。
そして、これが一番たちが悪いのだが、相手の脳髄を直接揺さぶるような、その女性が最も求めている言葉をピンポイントで叩き込む、トップゲーマーゆえの、ノータイム無差別爆撃(最適解セリフ)が加わるのだ。
飢えた雌狼たちの群れに、極上のシャトーブリアンを投げ込むようなものである。
実家の母親や姉妹、さらにはメイドたちに至るまで、屋敷の女性陣全員が、寝ても覚めてもユピテのことしか考えられなくなるほど入れあげるのも、至極当然の帰結であった。
彼女たちの脳内は、ユピテが放つ圧倒的なオスとしての魅力の前に、文字通り激しく破壊され尽くしていたのだった。
――そして言うまでもなく。
この世界の女性たちが大真面目に実践しているこの奇妙な言語マナーは、前世のゲームには存在し得ない設定だった。
皮肉なことに、その乙女たちの必死すぎる愛の叫びこそが、ユピテに「周りは全員プログラムだ」と誤認させる決定打になってしまっていたのだ。
◇
さて、当の本人であるユピテだが、この世界の男女比や貞操観念の狂いっぷりを忘れ、あまつさえ未だに気づいていないのには、きちんとした理由が存在した。
そもそも、彼にとって美少女系ソシャゲとは、ハーレムルートや重婚ルートが最初から標準搭載されているのが当たり前のジャンルだった。
この手のゲームというものは、画面に出てくる男キャラクターが極端に少なく、出てきたとしてもガチムチの体育教師が一人か、主人公を煽ってくる嫌味なライバルの御曹司が一人いる程度、というのがオタクとしての常識だったのだ。
「ギャルゲーなんだから周りが女だらけなのは当然だろ」
そういう強烈な先入観がベースにあったのが理由の一つ。
さらに、転生してからというもの、彼は一度も実家の屋敷から外に出ておらず、外部のリアルな社会状況を肉眼で確認していなかったのが、もう一つの理由だった。
そんな歪んだ世界において、尊き男性からの温かい労いの言葉が、あるいは心のこもったプレゼントの一つが、女性にとって一体どれほどの天文学的な価値を持つのか――。
ユピテの周りの女性たちのバグと、ユピテ本人が勝手に思い込んでいる、ガチ恋の限界化は、本人のあずかり知らぬところで、いよいよ引き返せない領域へと突入していた。




