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第26話 学び舎を揺らす寵児

 冷え込みの厳しい冬休みが明け、新学期を迎えた王立魔導学園の女子寮。

 早朝の食堂の隅で、エリカは自室のポストに届いていた一通の公的な封書を開き、そこに記された文面に思わず絶句した。

『聖都北東警護騎士団駐屯地より通達。聖誕祭の夜、貴女を襲撃し身柄を拘束された盗賊団十名は、特別な審理の結果、全員が極刑に処されました。なお、彼らのアジトから没収した不当財産の三割が、被害者である貴女への慰謝料として譲渡されるため、二十日以内に当駐屯地へお越しください』


「……えっ。し、死刑……?全員……?」

 エリカが震える手で羊皮紙の手紙を読んでいると、背後からスッと二つの影が忍び寄り、揃って満足げな笑みを浮かべた。

「あら。仕事が早いわね、お父様ったら。流石だわ」

「ええ。私の家の方も、拷問……もとい、尋問のスペシャリストを地下牢へ送り込んだ甲斐があったわ。当然の報いね、エリカ」


 背後からひょっこりと顔を出したのは、ニヤニヤと悪戯っぽく笑うセレナとファミールだった。

「ふ、ふたりとも……これ、もしかして……」

「当然でしょう?私たちの大切な親友に刃を向け、あまつさえ私たちが贈ったドレスを汚したのよ。万死に値するわ」


 二人は冬休み中、直接それぞれの父親である伯爵と子爵に強く掛け合い、エリカを傷つけた賊への「情け容赦のない徹底的な処罰」を確約させていたのである。

 名門貴族の怒りを買った下劣な盗賊たちに、生き延びる道など残されていなかった。


 その日の午前……教室に入ると、エリカの異変と噂に気づいた男子クラスメイトたちが、次々と彼女の席の周りに集まってきた。

「エリカ、聞いたぞ!聖誕祭の夜に、森で賊に襲われたんだって!?」

「大丈夫か?怪我はないか?許せない……いたいけな淑女を、それも僕らの誇るべきクラスメイトを襲うなんて!」

「休み中も気が気じゃなかったんだ!」

「僕も私兵を出そうか迷ってたんだ」


 学園に通う男子たちは、そのほとんどが将来の騎士や王国魔導師を約束された、高位貴族の嫡男たちである。

 幼い頃から「弱きを助け、女性を守る」という騎士道と紳士教育を骨の髄まで叩き込まれた彼らにとって、同級生であり天才と名高いエリカへの暴力は、自分たちのプライドに対する許しがたい冒涜でもあった。


「その賊はどこだ!僕たちがこの手で成敗してやる!」

「そうだ!僕の家の私兵を出してもいい!アジトごと徹底的に叩き潰してやるぞ!」

 正義感に燃え、憤慨して机を叩く少年たち。

 

 その熱気に当てられ、エリカはタジタジになって後ずさった。

「あ、あの……みんな、心配してくれて本当にありがとう。でも、その……もう解決したの」


 エリカが言い淀むと、隣に立っていたセレナが腕を組み、冷ややかな微笑みを浮かべて付け加えた。

「残念ながら、あなたたちの出番はもうないわ。だって、もう彼らはこの世にいないもの。……ねえ、ファミール?」

「ええ。死の直前まで、たっぷりと自分たちの罪の重さを悔いてもらったわ。お父様の直属の尋問官達も『とても有意義な時間だった』と言っていたわ」


 十歳の少女とは思えない二人のあまりにも冷徹な、そして確信に満ちた言葉に、血気盛んだった男子たちは一瞬にして言葉を失い、顔を引きつらせた。

「……え、もう終わったの?極刑ってことか?」

「というか、セレナとファミールの家が本気で動いたのか……それは、恐ろしいな……関わらなくて正解だ……」


 殺気立っていた男子たちと、既に徹底的な報復を終えて涼しい顔をしている親友二人。

 その間でエリカは、「もう大丈夫だから、みんな席について落ち着いて!」と誤解を解き、少年たちの暴走気味な騎士道をなだめるのに必死だった。


 午後の講堂。

 柔らかな冬の陽射しが差し込む中、教壇に立ったのは、学園最高齢であり、聖国の防御魔法の権威として名高いオズワルド・フォン・グラングラム教授だった。

 長く伸びた白い髭と、威厳のある漆黒の分厚いローブが特徴的な老魔導師である。


「静かに。まもなく年間統合テストを行う。実地試験は、訓練場での生徒同士の模擬戦だ。安全のため、我々教員が各生徒に多重展開の防御魔法を付与し、その上から魔法を撃ち合ってもらう」


 生徒たちが「よし、やってやるぞ」と拳を握り意気込む中、グラングラム教授はふと真剣な眼差しになり、最後列に座るエリカを指差した。

「ただし、エリカ・ヴァイン。君だけには、今回の実技試験を外れてもらう」


「「えっ……!?」」


 教室内が騒然となる。

「フェアじゃない!」

「エリカの成績はどうするんだ!彼女がトップなのは間違いないのに!」

「魔導学園は平民差別を禁止しているはずでは?」

 生徒たちから、教員に対する容赦ないブーイングが飛んだ。


 しかし、グラングラム教授は首を横に振り、自身の白い髭を撫でながら深く苦笑した。

「諸君、勘違いするな。エリカを失格にするわけではない。……ただ、王家の血縁に連なり、盾の魔法を司る私でさえ、エリカの魔力を防ぎきれんのだ」


 その言葉に、教室の空気が凍りついた。

「私の最強防御魔法、第四位階『アルティアナ・シルト・ガイスト(女神の精神盾)』。通常の魔導理論には無い、現代最強を誇る……全てを拒む究極の防御魔法を展開したとしてもだ……。彼女が全力で魔法を撃てば、私の盾など紙切れ同然に貫通するだろう。……つまり、彼女に魔法をぶつけられる側の生徒の命を守れる保証が、今の学園の教員には無いということだ」


 静まり返る教室。

 学園最強の防御魔導師が、九歳の少女の魔力を「防げない」と白旗を揚げ、断言したのだ。


「グラングラム先生の魔法で防げない?バカな……」

「究極防御魔法を貫通するって、エリカは一体どれだけの魔力を持っているんだ……?」

 生徒たちが青ざめた顔でざわつく。


「それでも――」


 教授は鋭い鷹のような視線で教室を見渡した。

「それでも、エリカと模擬戦をしてくれる者はいるか?彼女の純粋な魔力と真っ向から対峙し、己の器を試したいという命知らずの者は」


 視線が集まり、エリカは困惑してスカートの裾をぎゅっと握りしめた。

 これではまるで、自分がバケモノ扱いではないか。


 グラングラム教授の「誰か相手をする者はいるか」という問いに、教室内が水を打ったように静まり返る中。


「はいはーい!俺がやりまーす!」

 一人の少年が、勢いよく手を挙げた。


「エリカちゃんと一発、ドカンとやり合いたかったんだよね!」

 名乗り出たのは、クラス一番のお調子者、トビー・ラングだった。

 成績は下から数えた方が早く、いつも授業中に居眠りをしてはチョークを投げられている、ソバカス顔の少年だ。


 途端、クラスのあちこちから容赦ない野次が飛んだ。

「おいトビー、お前正気か?開始一秒で蒸発して消滅するぞ!」

「葬式の準備なら今から手伝ってやろうか?棺桶魔導石は黒でいいか?」


 防御魔法の権威であるグラングラム教授までもが、哀れみと慈悲の視線をトビーに向けた。

「……ラング君。君のその無謀な勇気だけは認めよう。だが、もしエリカ君が手加減を誤れば、消し炭でも死体が残れば運がいい方だ。遺言書は、今日の放課後までに必ず教務室へ提出したまえ」


「えっ、先生!?冗談きついって!マジで死ぬの!?」

 トビーは顔をひきつらせて青ざめたが、エリカは申し訳なさそうに身を縮め、「……なるべく、優しく撃つように努力するね?」と小声でフォローするのであった。


 実技試験を数日後に控えた夜。

 女子寮のエリカの部屋には、セレナとファミールが集まり、机にお茶とお菓子を広げていた。

「ねえ、今日のトビーのあの顔見た?先生に遺言書って言われた時の、この世の終わりみたいな顔!」


 セレナがエリカのベッドの上で転げ回りながら、思い出し笑いをしている。

「でも笑い事じゃないわ。エリカ、トビーを相手にするなら、魔力を極限の極限まで絞らなきゃダメよ。彼、防御魔法も座学も致命的に苦手なんだから。下手したら本当に灰になるわよ」

 ファミールが眼鏡を直しながら真面目にアドバイスするが、話題はいつの間にか、聖夜の夜にジュリアン先生の家で飲んだ絶品のココアの味や、今仕立て直してもらっているドレスの進捗状況へと流れていった。


「あ、いけない!明日の筆記試験の勉強しなきゃ!」

 エリカが慌てて分厚い魔導力学の参考書を開くが、セレナが「ねえねえ、そういえばテオドール様がね……」と新しい話題を振ると、再び三人の楽しげな笑い声が部屋に響く。


 結局、参考書が一ページも進まないまま、甘いお茶の香りと共に夜は更けていくのであった。


 そして迎えた筆記試験当日。

 張り詰めた空気の教室には、数十人の生徒たちがカリカリとペンを紙に走らせる音だけが響いている。

 試験監督を務めるのは、厳しい指導と神経質な性格で知られるマルクス・ヴァレンタイン先生だ。

 彼は腕を組み、不正がないか鷹のように教室内を睨みつけている。

 そんな中、エリカは全く迷うことなく、複雑な魔導数式をスラスラと解答用紙に埋めていった。 

 他の生徒が頭を抱える難問も、彼女の頭脳にかかれば、まるで簡単なパズルを解くようにあっけなく紐解かれていくのだ。

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