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第68話|押す前の時間
朝、彼は端末を開いた。
一覧は昨日と同じ状態に見える。
更新時刻も、表示形式も変わらない。
異常欄は存在しない。
彼は最初の案件を開く。
入力欄を確認し、
カーソルを確認ボタンへ動かす。
そこでまた、
ほんの少しだけ手が止まる。
数秒にも満たない。
処理に影響するほどではない。
それでも、
押す前に時間があることを
彼は意識していた。
午前中、何件かの処理を行う。
どれも正常に完了する。
だが即時に押される案件と、
わずかに止まる案件がある。
違いは説明できない。
昼前、新しい担当者が言った。
「最近、押す前に考えてません?」
彼は少し考える。
考えているわけではない。
「待っている感じかもしれない」と答える。
午後、ログを確認する。
処理時間は記録されていない。
完了だけが表示されている。
夕方、一覧を見る。
画面は変わらない。
それでも彼は、
確認ボタンの前に
小さな時間が存在していることを知っている。
定時、端末を閉じる。
今日も運用は正常だった。
遅延も異常も記録されていない。
ただ、
押す前の時間だけが、
誰にも共有されないまま残っていた。




