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【完結】余命少ない私と“命喰らい”のお医者様の幸せな契約結婚。  作者: 夏灯みかん
【5章】新婚旅行

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34.これからのこと(side 朔弥)

 希美(のぞみ)の手術は数時間に及んだが、成功した。

 朧気(おぼろげ)だった命の光が、縫合を終えるころにはしっかりとした輝きを放つようになったのを見届けて、朔弥は大きく息を吐いた。


「――無事に終わった――」


 希美が病室へ運ばれて行くのを見届けながら、藤巻が呆然と呟いた。

 ずっと部屋の壁に立ち、事態を見守っていた森崎が、顔を押さえて呻き声を上げ、その場にしゃがみこんだ。

藤巻は朔弥を見つめた。


「君は何をしたんだ――?」


 それから首を振って、肩を叩いた。


「いや、今はそんなことより、ゆっくり休んでくれ。旅行先から戻ってきて、徹夜だろう。仮眠室を使ってくれ」


「――そうさせてもらいます」


 朔弥はそう言うと、しゃがみ込んだままの森崎の肩をたたいた。


「寿命の光が戻るのが見えました。希美さんは問題ないはずです。――誰の寿命も使っていません。僕の『封印』もそのまま。何の問題も、起きていないですよ」


 そう言うと、森崎は「ありがとう」と何度も呟いた。

 朔弥は微笑むと、


「お孫さんに会って来てください。新生児室にいるはずですから」


 とまた肩をたたいて、着替えに向かった。

 術衣を脱ぎ、シャワーを浴びると、手術のため外していた結婚指輪を指につけた。


「――凜さんは、眠れているかな」


 仮眠室に行くと、ベッドに横になった。


(明日、早く家に帰りたいな。凜さんに、報告をしよう。どうにかできそうだって)


 希美の手術中に掴んだ、新しい感覚。

 命を分け合うような、あの感覚で力を使えば、凜の言っていた『半分こ』というのが、実現できそうな実感があった。


(旅行が途中になってしまって残念だったけれど、また、行けばいい……。次は、どこに行こうかな)


 思えば、学生時代の修学旅行にも参加しなかった。

 朔弥にとっては、今回の凜との旅行が、初めての旅行だった。


 ――最初で、最後のようなつもりで行ったのに。

 次に行きたい場所ができるなんて、考えもしなかった。


 指輪を見つめて笑うと、そのまま眠りに落ちた。


 ◇


 目が覚めると、もう朝だった。

 起き上がって、医局に戻ると、藤巻がコーヒーを飲んでいた。


「継宮先生、おはよう。希美さんが、目を覚ましたようだよ」


「本当ですか――良かった」


 朔弥は希美の病室に向かった。

 廊下から覗くと、病室には夫の直也と森崎――そして、新生児室から連れられてきたのか、移動式の透明なベッドに寝かされた赤ん坊が泣き声を上げていた。

 希美の寿命の光を確認して、朔弥は息を吐いた。

 

 その時、朔弥の視線に気づいた森崎が、娘と娘婿に声をかけて廊下に出てきた。


「継宮くん……」


 廊下に来た森崎は、朔弥の名前を呟いて、深く頭を下げた。


「何と言っていいか、――とにかく、ありがとう――!」


「いいえ、頭を上げてください。僕は仕事をしたまでですから」


 森崎と朔弥は、近くの空き部屋へ移動した。


「――君は、『力』を使ったのか」


 森崎の問いかけに、朔弥は頷いた。

「はい」


「――何をしたんだ? 君の力は、『命を奪う』だけだと認識していたが」


「僕もそうだったんですけれど。――その応用、というのでしょうか。一度、預かって戻す――という感じです」


「今までも、その力を使ったことはあるのか?」


「――今回、初めてできました。閃いたんですよ、凜さんのおかげで」


「このことは――『報告』しない方がいいかい?」


 森崎の言葉に、朔弥は目を見開いた。

 当然、森崎は全てを『報告』するものだとばかり、思っていたからだ。


「……『報告』するのが、あなたの仕事だと思っていましたけど」


「君が望まないのなら、私はしない」


 森崎は強い口調で言った。


「……『報告』していただいても、構いませんよ。けれど、報告されたとしても、僕は、この力は、僕の判断で使用します。何らかの要請には、従いません」


 森崎は驚いたように目を見張った。

 朔弥が自分たち役人に自分の意見をはっきりと示したのは初めてだった。


「……それは」


 どうしたものかと言葉を選ぶ森崎を見つめて、朔弥は言った。


「森崎さん、あなたは当分長生きしますよ。お孫さんの成長を、きっと見届けられるはずです」


 それを聞いて、森崎はその場に崩れ落ちた。


「ありがとう――ありがとう、継宮くん。私は、私の寿命などあげる気だったのに――」


 朔弥は静かな声で「顔を上げてください」と言った。


「あなたにお願いが、あるんです」


 言うなら今だと思った。


「僕は、凛さんの手術を行います。――石心病の石核の除去手術です。その承認が通るように、動いてください」


「それが1つ」と、朔弥は加えた。


「そして、僕は、手術が成功したら、その分、伸びた凜さんの寿命を、半分もらうつもりです」


「――どういうことだ?」


「僕は、彼女と残りの人生を、生きていきます。子どもは作りません。――継宮の血は、僕の代で終わらせます」


 強い口調に、森崎は瞬いた。朔弥は言葉を続ける。


「継宮の血は、呪いの血です。――僕は、僕のように苦しむ存在を、この世に残したくない。最初は、凜さんと、形だけの結婚をして、死ぬまで面倒な追求からは逃げて、そのままこの世からいなくなろうと思っていたんですよ」


 朔弥は笑った。


「――けれど、僕は、まだ、これから先も、生きていきたいんです。――凜さんと」


『私と寿命を半分こしましょう』と微笑んだ凜の顔を思い浮かべて、朔弥は胸を押さえて微笑んだ。


「僕は、凜さんを愛しています」


「――それは、しかし」


「家に帰ると、彼女がいて、笑って『おかえり』と言ってくれる。一緒にテレビを見て、笑って、週末は外食に行って、美味しいものを食べて、そして家に帰って、隣で眠る。そんな毎日が、いつまでも続けばいいと、思うんです。彼女と結婚してから、普通の毎日が、こんなに幸せだったんだと、気づきました」


 朔弥の言葉に、森崎は瞬いて、それから、自分の左手を見つめた。

 年季の入った、光沢が鈍ったプラチナの結婚指輪があった。

 朔弥の指にはまった、真新しい指輪に視線を走らせる。

 森崎の瞼に、3年前に病で先立った妻の姿が浮かんだ。

 

「そうだな――、家に帰って、誰かがいるというのは、幸せなことだ。私は今は1人暮らしだからね」


 森崎が朔弥を見つめる瞳は、『担当者』ではなくなっていた。


「私のできる限りのことはすると、約束するよ」



 森崎との会話を終えた朔弥は、医局に戻ると、コーヒーを飲んでから、時計を見た。

 ――10時。凜は家に着いているかもしれない。待ちきれず、黒電話のダイヤルを回した。


 呼び出し音の後に、ガチャリという音。聞きなれた老女の声が聞こえた。


「――継宮でございます」


「――花江さん、おはようございます。凜さんは、もう帰宅されてますか」


『ええ。先ほど帰ってらっしゃいましたよ。代わりますね』


 花江の後ろから、ばたばたと急ぐような足音が聞こえて、凜が電話口に出た。


『朔弥さん、お疲れ様です! 森崎さんの娘さんは――』


「大丈夫そうだよ。病院に到着してから、すぐに処置して、お子さんも無事生まれたし、希美さんも経過は順調だ」


『それは、良かったです……』


「凜さんは、1人で帰れた?」


『帰れましたよ。帰れたから、家にいるんですよ』


 凜はくすくすと笑った。


『駅まで旅館の方にタクシーを出していただいて、特急に乗りました。それで、駅で、駅弁を買ってみました』


「駅弁?」


『ええ、せっかくなので。朔弥さんと花江さんと家で一緒に食べたらどうかなと思いまして――お昼には、お帰りになりますか? 何種類か買ってみたんですけれど、朔弥さんはどれが食べた胃かしら。それと温泉饅頭とかも、お土産に買って来ましたよ』


 朔弥は思わず笑い声を漏らした。

 先ほどまでの緊張感がどこかに飛んで行ってしまって、日常生活に戻ってきたことを感じる。


「凛さんには、敵わないなあ」


 言いながら、声が震えた。涙が一筋目から流れた。

 

『朔弥さん? どうかしました?』


「凛さん、愛してるよ」


 電話口の向こうから、息を呑む音が聞こえた。

 ――そして、凜が静かに答えた。


『――はい』


 朔弥は微笑むと、話を続ける。


「新発見があってね。『修行』しなくても、どうにかなりそうだよ」


 そう言うと、凜はしばらくの沈黙のあと、小さく『わあ』と歓声を上げた。


『それは、『半分こ』できそうということですか』


「うん。できそうだ」


『じゃあ、手術受けますよ、私』


「もう帰るから、駅弁は選んで決めたいし、食事は待っててくれるかな」


 受話器を握る手に力が入った。指にはめた結婚指輪が、静かに光を返した。

 その光を見つめて、呟いた。


「早く、家に帰りたいよ」


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