33.手術(side 朔弥)
朔弥は藤巻と共に術衣に着替え、手術室に入った。森崎も朔弥の立会人として、着替えを済ませ、部屋の端に立って、手術台に横たわる娘を祈るような目で見つめた。
――手術室では既に産科医が準備を終えていた。
「藤巻先生……、継宮先生……、これから、何をされるんですか」
手術室のメンバーは困惑したように、二人と、部屋の脇に直立する森崎を見比べた。
朔弥は彼らを見回して、説明を述べた。
「これから、術中のショックから患者の体を守るため、患者を一時的に仮死状態にします。――その状態に至ったら、すぐにお子さんを取り上げてください。縫合後、患者の手術に移行します」
「仮死状態――とは、どうやって――」
「僕の『力』で――厚生局の森崎局長は、そのための立ち合いです」
森崎はうなづくと、
「ここで見ることは、他言しないように、お願いいたします」
と深く頭を下げた。
「では、やります」
朔弥は息を吐くと、希美の手を握った。
花から命を吸い取った時のように、希美の体を覆う命の光を自分の手に集めていく。
――この力を、人間に行使するのは初めてだった。
◇
『お前には人の命を吸い取る力がある。封じられていても、呼吸するように自然に使えるはずだ』
父親がまだ生きていた頃、酒瓶を片手に朔弥にそう言った。
花江がまだ家に来る前――定期的に来る家政婦は、朔弥の身の回りの掃除はしていたが、父親が怒鳴るので、父親の生活区域は放置されていた。1階の父親の生活スペースは、空いた酒瓶が散乱していて、ゴミ捨て場のようだった。
『人から喰った寿命はいくら酒飲んでも、全然減らんのだ。お前も俺の寿命が見えるだろ。飯食わなくても、俺は死なん。お前もだろな』
父親の彰仁は酒ばかり飲んでいて、食事をまともにしている様子を見たことがなかった。
骸骨のようにやつれながらも、父親の体を包む光は、消える気配はなかった。
『俺たちゃ、人の命で生きとる、妖怪みたいなもんだからなあ』
そう言いながら、角ばった手で自分の頭をわしゃわしゃと撫でたことを覚えている。
こんなふうにはなりたくないと、子どもながらに思い、そうされるたび、朔弥は手を払いのけていた。そうすると、彰仁は何がおかしいのか、手をたたいて笑った。
戦時中に言われるがままに人の命を奪い、兄弟を売って従うことで生き延びた彰仁は、心を壊していたのだろう。
――父が死んで一人になってから、朔弥は、苛立ちを感じると、花を枯らして、元に戻すことを繰り返すようになった。父親に言われたように、誰に習わなくても、自然と、寿命を吸い取り、戻すことができた。
花を枯らすと、気分が晴れ晴れした。
――自分は、いつでも、気に入らない連中から命を吸いとり、消し去る力を持っていると、実感できたから。
それは、封じられた力をどこまで使えるか試す、度胸試しのようなものだった。
花を枯らすと、一瞬、頭の中が高揚感が満ちる。――それから、綺麗な花を枯らしてしまったことへの罪悪感が押し寄せ、吸い取ったものを戻し、生き返らせる。
その繰り返しをしていると、心が落ち着き、勤勉で真面目な模範生として、学生生活を続けることができた。
◇
――けれど、今は。
『全部はあげないですよ。――半分こです』
凜の言葉を思い出す。
花江が以前申し出たように『全部をあげる』、ではなく、彼女は『半分こ』と言ってくれた。自分の傍に立って、一緒に、分け合ってくれると。
その言葉が、胸に染みわたって、止まっていた心臓が動くような感覚がした。
朔弥は希美の手を握りながら、今までは、人のまとう命の光を『奪う』しかイメージできなかったのが、『分け合う』ように調和させることが、自分にはできる実感を得ていた。右手の甲の、能力を封じた刻印が光る。人の命を全て奪い取るような力の使い方をすれば、その刻印が解けてなくなり、政府に通知されると聞かされていたが、今は解ける気配がなく、ただ静かに光るだけだった。
(――僕には、できる)
その確信に呼応するように、モニターに映る希美の心拍の波が静かに落ち着いていき、鼓動のリズムも穏やかに沈んでいった。希美の額に浮かんでいた強ばりが消え、眠るような安らぎが顔に戻ってきた。
「――何が、起こっているんだ」
藤巻は患者と朔弥を見比べながら、目を広げた。
朔弥は、産科医に目線を送った。
「今です。お子さんを、お願いします」
産科医は頷くと、メスを握った。
――ホギャア
程なくして、手術室に産声が響いた。
「――元気な男の子です」
その言葉が届いた瞬間、朔弥の胸に張りついていた重みがふっとほどけた。微笑むと、預かっていた光を希美へと返していく。
掌に預かっていた光を、そっと返していくと、それに呼応するように鼓動の音も、緩やかに力を取り戻していった。
「――希美さん、お子さんは、元気に生まれましたよ」
そう話しかけると、声に応えるように、希美を包む光が一段と鮮やかに輝いた。
朔弥は目を細めた。人を包む命の光を綺麗だと感じたのは、初めてだった。
――今までは、その光は、自分の力でいかようにも奪える対象でしかなかったから。
「次は、あなたの番です」
朔弥は藤巻に視線を送った。
藤巻は深く頷き、皆に声を張った。
「続いて、希美さんの手術に移るぞ――!」




