↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/40

第二十二話 沈黙の街道

 夜明け前。


 ベルグラードの北門が静かに開いた。


 アスター、ガイウス、そして守備隊の兵士五名。


 一行は街道を北へ進む。


 朝靄が地面を這い、馬の足音だけが響いていた。


「最初の襲撃地点まで半日だ。」


 ガイウスが前を向いたまま言う。


「道中は静かだ。」


「静かすぎる、と言った方が正しい。」


 兵士の一人が苦笑する。


「昔は商人の列で馬も進めなかったんですがね。」


 街道は広い。


 それなのに、行き交う荷馬車は一台もなかった。


 やがて、一台の荷車が見えてくる。


 街道脇に傾いたまま、車輪が外れていた。


 御者の姿はない。


 荷台には木箱が積まれたままだ。


 兵士が駆け寄る。


「荷は残っています!」


 ガイウスは眉をひそめた。


「またか……。」


 アスターは荷台ではなく、地面へ視線を落とした。


 車輪の跡。


 人の足跡。


 馬の蹄。


 乱れている。


 だが、不自然だった。


「争った跡がありません。」


 兵士が振り返る。


「逃げたんじゃないか?」


 アスターは首を横に振った。


「荷車は急いで止まっています。」


「それなのに、積み荷は崩れていません。」


 兵士たちは荷台を見つめる。


 確かに、木箱はきれいに積まれたままだ。


 誰かが荒らした形跡はない。


 アスターは荷車の前へしゃがみ込む。


 車輪に触れる。


 木は新しい。


 折れていない。


「……外されています。」


「壊されたんじゃない。」


 ガイウスの表情が変わる。


「誰が?」


 アスターは答えない。


 代わりに街道の先を見る。


 道は森へ続いている。


 鳥の声がしない。


 風だけが木々を揺らしていた。


「進みましょう。」


 短く告げる。


 誰も異論を挟まなかった。


 一行は再び歩き始める。


 その背後で、取り残された荷車が軋む。


 風に揺れた荷布がわずかにめくれ、一つの木箱がのぞいた。


 側面には、黒い星を模した焼き印が押されていた。


 それに気づいた者は、まだ誰もいなかった。


 一行は森へ足を踏み入れた。


 街道から一歩外れるだけで、空気が重くなる。


 落ち葉を踏む音だけが静かな森に響いていた。


「足元に気を付けろ。」


 ガイウスの声に、兵士たちが頷く。


 アスターは最後尾を歩いていた。


 視線は前ではない。


 左右の木々、地面、枝の折れ方。


 一つひとつを確かめながら進む。


 やがて、兵士の一人が足を止めた。


「隊長。」


 指差した先には、矢が一本落ちていた。


 ガイウスが拾い上げる。


「使われた形跡はないな。」


 矢じりは欠けていない。


 血も付いていない。


 アスターは矢を受け取り、静かに眺めた。


「新しい。」


「昨日……いえ、一昨日でしょうか。」


「分かるのか?」


 ガイウスが尋ねる。


 アスターは矢羽を指でなぞった。


「雨を吸っていません。」


「昨日の雨より前に落ちていたなら、もっと傷んでいるはずです。」


 兵士たちが顔を見合わせる。


「つまり、近くにいるってことか。」


 兵士が剣へ手を掛ける。


「違います。」


 アスターは首を振った。


「近くに『いた』というだけです。」


 そう言って周囲を見回す。


 木々の間から街道が細く見える。


 見晴らしがいい。


「ここは襲撃場所じゃない。」


「見張り場所です。」


 ガイウスは森の外へ目を向けた。


「街道が一望できる……。」


「荷馬車の数も、護衛の人数も確認できます。」


 アスターは木の幹に残る浅い傷へ近づく。


 等間隔に三本。


 自然についた傷ではない。


「合図ですか。」


 ガイウスが問う。


「おそらく。」


 アスターは頷く。


「敵は偶然襲っているわけではありません。」


「荷を選び、時を選び、場所を選んでいます。」


 ガイウスは腕を組み、静かに息を吐いた。


「盗賊じゃないな。」


「はい。」


 アスターの声は落ち着いていた。


「これは監視です。」


「監視を続けられる組織があります。」


「そして、その組織には命令を出す者がいます。」


 その言葉に、森の空気が一段と重く感じられた。


 帰路についた一行は、誰も口を開かなかった。


 ベルグラードの城壁が夕日に染まる頃、アスターはもう一度、森を振り返る。


 姿は見えない。


 だが、誰かがこちらを見ている。


 そんな感覚だけが残っていた。


 同じ頃。


 森のさらに奥。


 一人の男が木陰から街道を見下ろしていた。


 部下が低く報告する。


「王都から来た調査員です。」


 男は表情を変えない。


「そうか。」


 短く答えると、踵を返した。


「予定を早める。」


「もう、この街道は使わん。」


 森に二人の足音が消えていく。


 その姿を見た者は、誰もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。