↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/40

第二十一話 灰色の街

 馬車が止まった。


 御者が手綱を引く。


「ベルグラードです。」


 アスターは窓の外へ目を向けた。


 高い石壁。


 その前には荷馬車の列が続いている。


 門は開いている。


 それでも、列は動かない。


「珍しいな。」


 御者が小さくこぼした。


「この街は荷の流れが早いんだが。」


 アスターは答えず、列を見つめる。


 門番は一台ずつ荷台を調べている。


 縄をほどき、箱を開け、底まで確認していた。


 後ろでは商人たちが落ち着かない様子で足を鳴らしている。


「また検査か。」


「日が暮れるぞ。」


「昨日も止められた。」


 不満が列を流れていく。


 アスターの視線は門番ではなく、その奥へ向いた。


 荷は止まっている。


 だが、人は急いでいる。


「……変ですね。」


 御者が首を傾げる。


「何がです?」


「急いでいるのに、誰も抗議しません。」


 商人は文句を言う。


 しかし、列から離れようとはしない。


 別の門へ向かう者もいない。


 まるで、この状況を受け入れているようだった。


 門が開く。


 一台の荷馬車がようやく街へ入る。


 その瞬間。


 門の内側から、兵士が駆け出してきた。


「隊長!」


「北街道です!」


「また荷車が襲われました!」


 門前が静まり返る。


 商人たちは互いに目を伏せる。


 驚く者はいない。


 兵士は苦い顔で拳を握った。


「……またか。」


 その一言だけだった。


 アスターは小さく息をつく。


 事件ではない。


 日常になっている。


 門番は列へ向き直る。


「検査を続ける!」


 荷馬車は再び止まった。


 誰も反論しない。


 反論しても変わらないことを、全員が知っていた。


 アスターは城壁を見上げる。


 王都では、人が事件を恐れていた。


 この街では、人が事件に慣れてしまっている。


 その違いが、この街の重さだった。


 城門をくぐると、空気が変わった。


 人はいる。


 店も開いている。


 だが、笑い声がない。


 市場へ向かう荷車は少なく、並ぶ品もまばらだった。


「案内する。」


 門番に呼ばれ、アスターは守備隊の詰所へ向かった。


 石造りの建物に入ると、一人の男が机へ地図を広げていた。


 三十代半ばほど。


 日に焼けた肌。


 鎧には幾つもの傷が残っている。


 男は顔を上げた。


「王都から来た調査員か。」


「アスターです。」


「ベルグラード守備隊隊長、ガイウスだ。」


 握手はない。


 互いに名を告げるだけだった。


 ガイウスは地図へ視線を戻す。


「正直に言う。」


「応援は期待していなかった。」


「……そうですか。」


「調査官一人で何が変わる。」


 言葉は冷たかった。


 責めているのではない。


 諦めているのだ。


 アスターは地図を見る。


 街から北へ延びる街道。


 赤い印が幾つも付けられていた。


「襲撃地点ですか。」


「ああ。」


 ガイウスは頷く。


「護衛を増やせば、南が襲われる。」


「南を守れば、西だ。」


「追えば逃げる。」


「待てば現れない。」


 机を軽く叩く。


「半年、この繰り返しだ。」


 アスターは赤い印を順に目で追った。


 地形。


 川。


 森。


 丘。


 何も言わない。


 やがて、一枚の報告書を手に取った。


「この三件。」


 ガイウスが眉をひそめる。


「何だ。」


「襲われていません。」


「荷が捨てられています。」


 部屋が静かになった。


 ガイウスは報告書を見返す。


「……確かに。」


「食料だけが残っています。」


「武器も金もありません。」


 アスターは窓の外を見る。


 市場では、人々が少ない品を分け合っていた。


「敵は荷物を奪いたいわけではありません。」


 ガイウスは腕を組む。


「なら、何が目的だ。」


 アスターは答えなかった。


 代わりに地図へ一歩近づく。


 赤い印を一本の線で結ぶ。


 そして、その線の先を指した。


「ここへ行きたいです。」


 ガイウスは目を細めた。


「何もない森だぞ。」


「だからです。」


 その短い返事に、部屋は再び静かになった。


 ガイウスはしばらくアスターを見つめる。


 やがて、地図を丸めた。


「分かった。」


「明日の夜明けに出る。」


 アスターは頷いた。


 事件は、まだ何一つ解けていない。


 それでも、初めて進むべき道だけは見え始めていた。


 窓の外では、灰色の空の下を一台の荷馬車がゆっくりと北へ向かっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。