第十七話 焼け跡の真実
夜明け前。
王都調査局の執務室には、焦げた木材の匂いがまだ残っていた。
昨夜、敵の拠点として使われていた倉庫は炎に包まれ、多くの証拠を失った。
それでも、何も残らなかったわけではない。
机の中央には、一枚の焼け焦げた木札が置かれている。
端は炭となり、中央だけが辛うじて原形を保っていた。
エレナが慎重に布を外す。
「回収できたのは、この一点だけです。」
アルベリウスは木札を見下ろした。
「読めるか。」
「文字は半分ほど失われています。」
エレナは紙へ写し取った文字を差し出す。
残っていたのは、わずかな記号と数字だけだった。
調査官たちは首をひねる。
「荷札か。」
「倉庫番号では。」
「いや、違う。」
意見はまとまらない。
その中で、アスターだけが木札を裏返した。
「裏にも何かあります。」
焦げ跡の下に、浅く刻まれた傷。
文字ではない。
同じ長さの線が四本。
少し離れて一本。
さらに二本。
「傷?」
ベテラン調査官が眉をひそめる。
「偶然ではありません。」
アスターは静かに答えた。
「一定の間隔で刻まれています。」
エレナも木札を覗き込む。
「何かの印でしょうか。」
アスターは地図を広げ、王都へ視線を落とした。
「数字ではなく、順番を示しているのかもしれません。」
「順番?」
「積み替え地点です。」
部屋の空気が張り詰める。
アスターは赤い印が付いた地点を指でなぞった。
「荷は一度で目的地へ運ばれていません。」
「途中で移されていました。」
「なら、荷札も最終目的地ではなく、経由順を示していた可能性があります。」
アルベリウスは腕を組む。
「証明できるか。」
「まだできません。」
アスターは素直に答えた。
「ですが、確かめる方法はあります。」
「話せ。」
「これまで見つかった積み替え地点を、この順番で並べ直します。」
「一致すれば、この木札は運搬経路そのものです。」
エレナはすぐに帳簿を持ち寄り、調査官たちも地図の前へ集まる。
誰もが黙ったまま、記録を照らし合わせていく。
一つ目。
一致。
二つ目。
これも一致。
三つ目。
ベテラン調査官が息をのんだ。
「……全部つながった。」
王都に散らばっていた点が、一本の線になる。
その線は、まだ調査されていない一か所で途切れていた。
アスターはその場所を見つめる。
「ここです。」
「敵が最後に荷を集める場所。」
アルベリウスは地図へ歩み寄り、静かに頷く。
「調査局全員に通達。」
「目的地を変更する。」
「次の調査は、この地点だ。」
誰も異論を口にしなかった。
焼け残った木札は、ただの証拠ではない。
敵が隠し続けてきた道筋を示す、最初の地図となっていた。
調査局は夜が更けるのを待って動き出した。
目的地は、王都北東部。
地図にも記されていない、小さな石造りの倉庫だった。
人気はない。
灯りもない。
だが、入口の地面には新しい荷車の轍が幾筋も残っていた。
アスターはしゃがみ込み、轍に触れる。
「最近まで使われています。」
アルベリウスは周囲を見回した。
「包囲。」
短い命令とともに、調査官たちが静かに散開する。
正面。
裏口。
屋根。
逃走経路を一つずつ塞いでいく。
合図とともに扉が開かれた。
調査官たちは一斉に倉庫へ踏み込む。
「動くな!」
だが、中は静まり返っていた。
積み上げられているはずの荷はない。
人影もない。
残されていたのは、空になった木箱だけだった。
「遅かったか……。」
ベテラン調査官が悔しげに呟く。
アスターは部屋の中央まで歩き、足を止めた。
「いいえ。」
視線の先には、床一面に残る擦れた跡。
同じ方向へ、何度も重い荷を引きずった痕跡だった。
「ここは保管庫じゃない。」
「中継地点です。」
エレナが壁際を調べる。
「こちらに隠し棚があります。」
棚の奥から、一冊の帳簿が見つかった。
だが、その大半は切り取られていた。
残っていた最後のページだけが、かろうじて読める。
アルベリウスが帳簿を受け取る。
「……日付だけか。」
品名も、数量も、行き先も書かれていない。
だが、アスターはその日付を見て目を細めた。
「局長。」
「この日付は、これまで事件が起きた日の前日です。」
エレナはこれまでの事件記録を急いで広げる。
一件目。
一致。
二件目。
一致。
三件目。
再び一致した。
「偶然ではありません。」
アスターは静かに言う。
「敵は事件を起こす前日に、必ずここを使っています。」
アルベリウスは帳簿を閉じた。
「つまり、次も使う。」
「はい。」
「場所を変えない限り。」
そのとき、外で見張りをしていた調査官が駆け込んできた。
「局長!」
「北街道で荷車を確認!」
「こちらへ向かっています!」
執務室ではなく、現場の空気が一瞬で張り詰める。
アルベリウスは剣の柄に手を添えた。
「全員、配置につけ。」
調査官たちが動き出す。
アスターは倉庫の入口から夜道を見つめていた。
敵は逃げたのではない。
戻ってくる。
焼け残った証拠が導いた先で、調査局は初めて敵の計画そのものを待ち受ける。
静寂の中、遠くから荷車の車輪が石畳を軋ませる音が近づいてきた。
王都動乱編最大の局面が、ゆっくりと幕を開けようとしていた。




