第十四話 王都の影
翌朝。
調査局の執務室には、王都全域の地図が広げられていた。
机の上には、西区、南区、港湾地区で集められた報告書が並ぶ。
アルベリウスは地図の前に立ち、静かに口を開いた。
「昨日の調査で分かったことは一つ。」
「荷は消えていない。」
「積み替えられている。」
調査官たちが頷く。
「問題は、その場所だ。」
エレナは数枚の羊皮紙を机へ広げた。
「積み替えが行われた可能性のある場所を書き出しました。」
地図には、小さな印が次々と付けられていく。
西区に三か所。
南区に二か所。
港湾地区に四か所。
どれも人通りの少ない裏路地や、小規模な倉庫街だった。
「ずいぶん多いな。」
年配の調査官が腕を組む。
「全部調べるには人数が足りません。」
部屋に重い空気が流れる。
その時、アスターが地図へ近付いた。
印を一つずつ見つめる。
そして、一本の炭筆を手に取った。
「……違います。」
全員の視線が集まる。
「全部を調べる必要はありません。」
炭筆で二つの印を結ぶ。
さらにもう一つ。
線は自然と港湾地区へ伸びていった。
「ここは一本道です。」
「一本道?」
若い調査官が首を傾げる。
「荷馬車は細い路地を自由には走れません。」
アスターは地図の道幅を指差した。
「積み替えるなら、荷馬車同士がすれ違える場所が必要です。」
エレナは王都の街路図を取り出した。
「確かに……。」
「この三か所は道幅が狭すぎます。」
アルベリウスは静かに頷いた。
「候補を減らせるな。」
「はい。」
アスターは続ける。
「もう一つあります。」
積み替え地点の近くには、必ず井戸か広場があった。
「休憩場所……か。」
年配の調査官が呟く。
「馬を止めても不自然ではありません。」
アスターは頷いた。
「荷馬車は目立ちます。」
「だからこそ、人が立ち止まる理由のある場所を選ぶはずです。」
部屋に沈黙が流れた。
誰も思い付かなかった視点だった。
アルベリウスは地図を見つめる。
「候補は。」
エレナが数え直す。
「九か所から……四か所です。」
「十分だ。」
アルベリウスは振り返った。
「四班に分かれる。」
「それぞれ一か所ずつ張り込め。」
「決して動くな。」
「荷が動く瞬間を見届けろ。」
調査官たちは一斉に立ち上がる。
部屋の空気が変わった。
初めて、調査局は事件を追いかけるのではなく、事件を待ち受ける側へ回る。
アスターは地図に残された四つの印を見つめていた。
そのどこかで、今日も荷は動く。
そして、その流れを辿れば――。
王都に潜む”影”へ、手が届くかもしれない。
日が傾き始める頃。
調査局の四班は、それぞれの持ち場へ散っていた。
裏路地。
広場。
小さな倉庫街。
行き交う荷馬車を装いながら、調査官たちは静かに周囲を見張る。
アスターはアルベリウス、エレナと共に、西区の広場近くへ身を潜めていた。
馬が水を飲み、商人たちが荷を降ろす。
何事もない、いつもの夕暮れ。
だが、アルベリウスは視線を動かさない。
「待つことも調査だ。」
その言葉に、アスターは黙って頷いた。
やがて一台の荷馬車が広場へ入ってきた。
荷台には木箱が十数個。
御者は周囲を見回し、馬を井戸の脇で止める。
馬に水を与え、荷台へ背を向けた。
その瞬間だった。
一人の男が荷馬車へ近づく。
商人のような身なり。
手には帳面を持っている。
二人は短く言葉を交わし、男は木箱に白い印を付けると、そのまま人混みへ消えていった。
「……積み替えない?」
エレナが小声で呟く。
アスターは男が去った方向を見つめる。
「違います。」
「荷じゃない。」
「印です。」
荷馬車は再び動き出した。
木箱は一つも降ろされていない。
しかし、白い印の付いた箱だけが、夕日に浮かび上がっていた。
「追うか。」
調査官が一歩踏み出す。
アルベリウスは静かに手を上げた。
「まだだ。」
その時、小鳥の鳴き声が二度響く。
調査局だけが知る合図だった。
別班からの連絡である。
エレナが耳を澄ませる。
「……北班です。」
「異常あり。」
アルベリウスは即座に判断する。
「アスター、ここを頼む。」
「エレナと残れ。」
「はい。」
アルベリウスと数名の調査官が走り去る。
広場には再び静けさが戻った。
アスターは荷馬車を目で追い続ける。
御者は慌てる様子もなく、いつも通りの速度で街道を進んでいく。
「変ですね。」
エレナが呟く。
「何がですか。」
「見られても困らない動きです。」
その一言に、アスターは息をのんだ。
もし、この行動が隠したいものなら。
もし、本当に積み替え地点なら。
これほど堂々と動く理由がない。
アスターの視線が、白い印の付いた木箱へ向く。
「……違う。」
「え?」
「これは囮です。」
エレナが目を見開く。
アスターは静かに続けた。
「積み替え場所を調べ始めた時点で、相手も私たちの存在に気付いています。」
「だから、見つけてほしい荷を用意した。」
その瞬間。
荷馬車は角を曲がり、雑踏の向こうへ消えていった。
追えば追うほど、相手の思う壺になる。
そんな嫌な予感だけが胸に残る。
ほどなくして、アルベリウスたちが戻ってきた。
表情は険しい。
「局長。」
アスターが歩み寄る。
「北班で何が。」
アルベリウスは短く答えた。
「誰もいなかった。」
「積み替え場所と思われた倉庫は、もぬけの殻だった。」
沈黙が流れる。
敵は逃げたのではない。
最初から、調査局の動きを読んでいたのだ。
アルベリウスは王都の地図を見つめるように、静かに呟いた。
「こちらが追っているつもりだった。」
「だが、観察されていたのは……我々の方か。」
夕暮れの王都には、いつもと変わらない人々の営みが続いている。
その日常の中で、誰かが静かに調査局を見つめていた。
姿の見えない”影”との戦いは、今、ようやく始まろうとしていた。




