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第十三話 消えた荷の行方

 朝日が調査局の窓から差し込む。


 執務室には、昨夜集められた帳簿と報告書が山のように積まれていた。


 調査官たちはそれぞれの席で資料を見比べ、部屋には紙をめくる音だけが響いている。


 アスターは王都の地図を見つめていた。


 赤い印。


 青い印。


 そして、それらを結ぶ街道。


 アルベリウスが静かに口を開く。


「報告を。」


 最初に立ち上がったのは西区担当の調査官だった。


「事件前日に搬入量が増えていた倉庫は七か所。そのうち六か所で被害が確認されています。」


 続いて南区担当。


「酒蔵と乾物店でも同様です。搬入量が増えた翌日、何らかの異変が起きています。」


 最後に港湾地区担当。


「帳簿と実際の荷数が一致しない事例は四件。いずれも同じ運送業者が関わっていました。」


 部屋の空気が変わる。


「同じ業者だと?」


 調査官たちが一斉に顔を上げた。


 エレナは机の上へ一枚の一覧表を広げる。


「四件とも『グラン運送』です。」


 王都では中堅規模の運送業者だった。


 港から各地区へ荷を運ぶ仕事を請け負っている。


「偶然でしょうか。」


 若い調査官が呟く。


 アスターは首を横に振った。


「まだ分かりません。」


「でも、確認する価値はあります。」


 アルベリウスは全員を見渡す。


「結論を急ぐな。」


「事実だけを積み重ねる。」


 その言葉に、部屋は再び静かになった。


 アスターは一覧表を見つめる。


 搬入量。


 事件発生日。


 運送業者。


 どれも繋がり始めている。


 しかし、一つだけ気になる点があった。


「局長。」


「何だ。」


「被害に遭った荷は、最終的にどこへ運ばれる予定だったんですか。」


 エレナが別の帳簿を開く。


「……行き先がありません。」


「ありません?」


「搬入記録はあります。でも、その後の搬出記録が残っていない荷がいくつかあります。」


 調査官たちが顔を見合わせる。


「記録漏れか。」


「それにしては件数が多い。」


 アルベリウスはゆっくりと立ち上がった。


「現場を確認する。」


「グラン運送へ向かう。」


 調査局の一行は王都西区へ向かった。


 石畳を進み、大通りを抜けると、大きな荷馬車が何台も並ぶ運送所が見えてくる。


 忙しそうに荷を積み込む者。


 伝票を書き込む者。


 馬の世話をする者。


 どこから見ても、ごく普通の運送業者だった。


「忙しそうですね。」


 アスターが小さく呟く。


「だからこそ、人目に紛れやすい。」


 アルベリウスは入口の看板を見上げる。


 その時だった。


 一台の荷馬車が運送所を出ようとした。


 御者は調査局の姿を見ると、一瞬だけ手綱を強く握る。


 そのわずかな変化を、アスターは見逃さなかった。


「……局長。」


「どうした。」


「あの御者。」


「私たちを見た瞬間、表情が変わりました。」


 アルベリウスは馬車へ静かに視線を向ける。


「追う。」


 短い一言で、調査局の空気が一変した。


 止まっていた調査は、初めて動き始める。


 荷馬車は王都西区の大通りを走っていた。


 朝の往来は多い。


 商人、職人、買い物客。


 人波に紛れれば、一台の荷馬車を見失うのは難しくない。


「急ぐな。」


 先頭を歩くアルベリウスが低く告げた。


「追っていると悟られる。」


 調査官たちは歩幅を合わせ、人混みに溶け込むように進む。


 アスターは荷馬車から目を離さなかった。


 御者は何度も後ろを確認している。


 怯えているようにも見える。


 逃げ切ろうとしているようにも見えた。


 やがて荷馬車は市場を抜け、一本裏の細い通りへ入った。


「人通りが減ります。」


 アスターが小さく言う。


「ここからだ。」


 アルベリウスが頷く。


 二人の調査官が左右へ分かれ、先回りする。


 その瞬間だった。


 荷馬車が止まる。


 御者は荷台を確認すると、再び馬を走らせた。


「……荷が減っている。」


 アスターは思わず足を止めた。


「何?」


 エレナが振り返る。


「さっきより荷台が軽い。」


「途中で降ろしたんです。」


 しかし、誰も荷を降ろす姿は見ていない。


 調査官たちは周囲を探し始める。


 裏路地。


 建物の陰。


 空き地。


 どこにも荷物はない。


「消えた……。」


 若い調査官が呟く。


 アスターは御者が止まった場所へ歩み寄った。


 石畳にしゃがみ込み、ゆっくりと周囲を見回す。


 壁には擦れた跡。


 地面には新しい車輪の跡が二方向へ伸びている。


「局長。」


「気付きましたか。」


「ここで積み替えています。」


 アルベリウスは車輪の跡を見下ろす。


「荷を降ろしたのではなく、別の荷馬車へ移した。」


「はい。」


 アスターは頷く。


「だから見失ったんです。」


 エレナが周囲を見渡す。


「でも、どうしてこんな場所で。」


「市場では人が多すぎる。」


 アルベリウスが静かに答える。


「人気の少ない裏通りなら、短時間で積み替えられる。」


 調査官の一人が悔しそうに拳を握った。


「あと少しだったのに……。」


「いや。」


 アルベリウスは首を振る。


「十分な成果だ。」


 全員の視線が集まる。


「相手は偶然では動いていない。」


「運ぶ経路を変え、追跡を避ける手順まで決めている。」


「つまり、組織的に動いているということだ。」


 その言葉に、調査官たちの表情が引き締まる。


 アスターは車輪の跡をもう一度見つめた。


 二本の轍は、それぞれ違う方向へ続いている。


 片方は市場へ。


 もう片方は王都北部へ。


「……局長。」


「何だ。」


「追うなら、荷馬車じゃありません。」


 アルベリウスが静かに目を向ける。


「積み替え場所です。」


「ここを使わなければ、この方法は成り立ちません。」


 しばらく沈黙が流れた。


 やがてアルベリウスは小さく頷く。


「発想を変えるか。」


「はい。」


「荷ではなく、経路を追います。」


 アルベリウスは調査官たちへ命じる。


「周辺の空き家、倉庫、裏路地を洗い出せ。」


「この一帯を地図へ落とし込む。」


「相手が道を利用するなら、我々は道を押さえる。」


 調査官たちは一斉に動き出した。


 アスターは静かに空を見上げる。


 事件はまだ終わらない。


 だが、初めて相手の”やり方”が見え始めていた。


 王都を巡る見えない流れは、少しずつ、その輪郭を現そうとしていた。

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